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President,s Column | エバー代表のコラム

President's Column | エバーグリーンホーム代表・猪狩裕一の思いをお伝えします。

年別アーカイブ:2007年

「見せたい住宅」とはよく言ったもの

2007年12月

某企業が主催するセミナーに、有名な建築家であり家具デザイナーである中村好文さんが講演をされると聞き、EverGreenHomeの設計を数人連れて出かけました。

 中村好文さんのポリシーは、「流行に左右されない、居心地重視の家」であり、それが実績として表されています。それはまさに当たり前の哲学です。ところがいざ創造者たる者、何かと時流や先進性につい目を奪われてしまうもので、あえて氏のような高名な方がかくも堂々と当たり前のことを述べられるというのは、とても意味があることだと思っています。

 講演の中で氏は最近のの家づくりのトレンドを「見せたい住宅」だといって嘆いていました。「二世帯住宅」のシャレですね。ははは、「見せたい住宅」か、上手いことをいうものだ、と会場全体が笑いとともに感心していました。なるほど思い当たる節があります。「そういえばキャンティレバー(方持ち)構造で、柱を立てずに羽出ししてとか、強度を度外視して見栄え重視のような家が最近はそこいらじゅうにあるなあ・・」そういうのは構造的に無理がかかるわけだからお金もかかる。それにデザインで一時目を引くとしても、流行ってしまったものは3年も経つと「ああいう羽出しって一時期流行ったよね」みたいに小声で言われるのがオチだったり。まあ逆をかえせば、できなかったことをできるようにするということは、構造や工法の進化のきっかけにもなるので、そういう意味では「見せたい住宅」も技術の躍進には役立っているのですが。

その講演を聞いたからというわけでもないでしょうが、その後のスタッフから出されるプランというのは基本というものを熟考している後がよく感じ取れました。また、あの講演でとても安心したのではないかと思います。ああいう立派な先生であっても、家は暮らすためのもので見せるためのものではないとして、基本に忠実でおられる。いたずらに目を引くような工夫などして注目を集めることが、いかに意味のないことかと、私を含め皆があらためて感じたことでしょう。

一方、私は氏の講演の中で別のことが引っ掛かりました。ファンズワース邸は「見せたい住宅」で、グラスハウスは「見せたい住宅」ではない、とおっしゃっていた点です。どちらもガラス貼りの有名な建築物です。私にはどちらも「見せたい住宅」のように思えて、氏の言うその違いがどうにも理解できませんでした。講演が終わったらぜひ質問してみようと思っていたのですが、氏のお話の中身が実に濃く、予定された時間はいっぱいいっぱい。さらに質問者も多くいて、私の方まで順番は回ってきませんでした。それにしても、ファンズワース邸は「見せたい住宅」、グラスハウスは「見せたい住宅」ではない・・どうしてなんだろう・・?今だにモヤモヤした気分。ちゃんと質問したかったなあ。

※注1 中村好文
建築家、家具デザイナーとして活躍。「ジーンズのような流行に左右されない、普段着の定番みたいな住宅や家具が理想」といった居心地のいい住まいを提唱。設計事務所「レミングハウス」主宰。1993年「一連の住宅作品」で第18回吉田五十八賞特別 賞を受賞、また「普段着の住宅術」、「意中の建築(上・下巻)」など数多くの著書もあり幅広く活躍中。

※注2 ファーンズワース邸
1950年米国イリノイ州に完成。外側4周ガラスでできていて20世紀モダンハウスの傑作といわれた。ミース・ファン・デル・ローエの作で「世界でもっとも美しい住宅」と呼ばれている。しかしながらクライアントであるファンズワース婦人は「住みにくい、依頼したものとは大きく違う」と訴え裁判ざたを起こした。ミースはそうしたことが起こり得ることは覚悟の上で自己のデザインの意志を貫徹した確信犯だといわれている。参考画像

※注3 グラスハウス¥1949年にフィリップ・ジョンソンが米国コネチカット州に私邸として建てた、ガラス板を鉄柱のみで支えるモダニズムの傑作といわれる名作。自邸の敷地内にはジョンソンが50年かけて入手した敷地、彼がデザインした14棟の建物、生前蒐集した絵画と彫刻のギャラリーが点在し、グラスハウスには2005年に息を引き取るまで自宅として住み続けた。参考画像

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11月の走り読み

2007年11月

大方の人にとって、家は一生涯でいちばん大きな買い物です。それをつくるのは人間です。
しかしそれを台なしにするのも人間です。大臣認定を不正に取得していたニチアスの耐火偽装問題で、11月1日時点、軒裏天井材の社内対策費用に対しては、改善策のメドが何ひとつついていません。約6万棟の被害者が、未だ苛立つ以外になす術がない状況です。

性能試験に臨む際に、試験体に水を含ませたり、実際に販売するものより性能の高い材料を使ったり。後でどんなことが起きるか、普通 の常識ある人間なら(企業なら)しでかす前に察しがつくことを平気でやっています。製造コストを浮かすための作為だか何だかしらないが、コストのために嘘をつき続けることを選んで何万人という人々の夢を台なしにするなんて、非常識以前に何も考えていない証拠です。
とりあえず検査はパスしなければ、後のことは後で考えればいい、として、そしてそのまま放っておくなんて、後で帳尻を合わそうという知恵すらない異常な行為です。「火事で誰かが死ぬ まではきっとバレないから」という、擁護の余地のない思考の先送りです。何なんでしょう、誰かが死なないと反省しないのかな。

ニチアスの耐火材を採用していた大手ハウスメーカーなどは、自主的な改修工事を約束する等の対策で信頼の回復に急いでいます。
彼らにしてみれば御墨付の建材にあえて自主的な検査をする義務はなく、認定済みの建材をことあるごとにバーナーで焼いて「うん、これなら大丈夫だ」などとはしません。ましてやエンドユーザーは、もう信じるしかないんです。

そう、消費者は、信じるしかない。なのに建築に限らず、最近の様々な事件が、こういう、何も考えていない人々が巻き起こす人災ばかりです。
EverGreenHomeだって、被害者のひとりになっていたかもしれませんでした。そしてお施主様に対して加害者になっていたかもしれませんでした。そんなことを考えると本当にぞっとします。

ニチアスの問題が発覚したその頃、ちょうど世界的な建築家・安藤忠雄さんの大学での講演内容をネットで読んでいました。
「瀕死の地球を救うには、人間と自然との共生をもう一度再構築するしかない」と強く訴える安藤さんの仕事は、ほとんどが環境が最優先です。アフリカの貧困を救うために長期に渡って慈善活動を行っているロックバンドU2のボノ氏も安藤忠雄さんのファンであるらしく、その出会いのいきさつや交流を心地よく走り読みしていました。
一方で人間全体にかかわる大きな問題に向き合う人達がいて、一方で何ひとつ考えていない非常識以前の人達がいる。
ただのタイミングなのかもしれませんが、その二つの出来事を並行して読んでいた私は、なんだか人間という生き物自体が二極化しているような錯覚をおぼえました。

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スタッフ募集の条件は「建築が好きであること」

2007年10月

小川直也さんから、腕時計を頂戴しました。

小川さんは当HPでも紹介させてもらっているように、エバーグリーンホームのお施主様であり、私が参事をつとめる「小川道場」の館長です。その小川さんから「普段のお礼」にといただきました。それは世界の腕時計マニアの間ではとても人気のあるスイスの逸品で、腕にするとずっしりとした感触が心地よいダイバーズウオッチでした。

身につけていることを忘れてしまうような薄くて軽量のリストウオッチもあります。それはそれでいいもの。その軽さは、まるで「そう焦るなよ、のんびり行こうぜ。」と言わんばかりに涼しい顔で時を刻みます。時間の存在感までも軽くしてくれるような気さえします。そして、小川さんからいただいた腕時計というのは、その正反対に位置するような、腕にずっしりときて常に存在を意識するようなタイプのものでした。大きくて、虚飾がなくて、正確。まるで小川さんそのもののようです。とても気に入って毎日身につけているのですが、人生は常に時を刻んでいるのだ、そして限りがある、そんなことを意識するようになりました。1秒1秒を無駄にしないように生きようと自覚するような心の移り変わりが、身につけるもの一つで起きるというのは、何というか、不思議です。

にもかかわらず、EverGreenHomeに対する周囲の印象というのは、ますますもって労せずして栄えているかのような、腕時計で言うなら軽くてオシャレなデザインウオッチのような、時流に上手く乗っかったかのごとき軽快感が多くの人に感じられるらしいです。施工例の取材依頼にいらした雑誌編集者の方が「エバーさんは実にとんとん拍子ですねえ」などとおっしゃっていましたが、実際は日々苦労や苦悩の連続なわけで、スイスイッととんとん拍子に仕事をしている人間は私を含めてひとりもいないなずなのですが・・・まあでも、苦労の色合いが滲んで見える会社よりも、それくらいにスマートに思われている方が、当人としては気が楽というものです。

私にしても、先月の社内再編へのビジョンが固まるまでの、夏までの期間というのは、いわゆる「経営者としての苦悩」を独り抱え込んでいました。おそらくスタッフの敏感な者はそんな私の態度に気がついていたと思うし、不安な心境に陥っていた者もいたと思います。けれど、今ではその決断が正しかったことを社内の空気で読み取れます。たとえば、設計と現場の二者のコミュニケーションに、以前あったような立場論のようなものがなくなりました。双方に良い意味での臨機応変さが生まれています。杓子定規に互いのルールを持ち出すのではなく、お施主様を第一に考える上で、「私は」ではなく「私たちは」どうすればいいのか、ということを、文字どおりチーム全員で考えるように自然になっていっているわけです。他所ではともかく、EverGreenHomeにおいては、家をつくるのは図面 ではなく人間なのだということを行動で示してくれていることを、私は社内にいて目の当たりにできています。そんな彼等というのは、元々できる人間であるわけでもあり、これから本当に強くなるだろうなと思っています。 若いスタッフにしても、技術や経験は後からついてくるわけで、いちばん重要な「建築が好きであること」がしっかりとあるので、心配などしていません。だって、好きこそものの上手なれ、なんですから。

いま社内に充満しているひとりひとりの前向きな精神を、大切に育んでもっと大きなものにしていきたい。私自身も、今日できることを大切に。お施主様からの「心」である腕時計が、ずっしりと左手首で1秒1秒を刻んでいます。

photo by カマクラデザイン

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HEADLINE ~ 法改正で建築確認に遅れ

2007年10月

ー6月の法改正により、建築の確認申請が大幅に遅れている。大手ゼネコン、パワービルダー等は施工の遅れによる顧客への被害は必至。もとより申請数に比して構造計算エキスパートの絶対数が圧倒的に不足している。その上での耐震強化を核とした法改正であるためこのような問題は事前視されていた。従来は処理が容易だった軽微な書類訂正も完全な書類一式を出し直す手間となり、申請の混雑に拍車をかけている模様。

ライター(以下W):構造計算部分ならともかく、さして重要でない部分の漢字が一字違うだけで「はい、全部やり直し~」と、申請のための膨大な書類がまるごと突っ返され、すべてを新しくして再度出向くようになってしまいました。

猪狩:幸い我々のようなハウスビルダーには今のところ大きな影響はありません。ただそういった時間のロスはひどく現実とかけ離れているような気がします。なぜ融通がきかないのでしょうね。融通という言葉が曖昧なら、合理化、でもいいですが。

W:何千人、何万人という人々のマンション入居が現実に遅れるわけですね。

猪狩:行政側は自分達へのリスクは徹底的に排除します。それにしても、もっと現実に即していかないと経済も停滞しますよ。

W:そうですね。

猪狩:合理化すべきもの、合理化してはいけないもの、それぞれあると思います。すべきものはするほど良い、してはいけないものはしないほど良い。私の仕事でいうなら、経営は前者、創造は後者、みたいなもんかな。デザインに携わる経営者っていうのは両刀使いです。

W:今、社のロゴデザインのリニューアルを考えていますね。

猪狩:企業として進化をしていることの意思表示をそろそろすべきと感じたからです。私、クリエイティブディレクター、アートディレクターの3名で進んでいます。彼らは外部ですが普段から付き合いがあるので、当社を身近に感じる視点と、反対の客観的な外部からの視点と、両方の感覚を持っています。

W:打ち合せの雰囲気は?

猪狩:建築とグラフィック、同じデザインに携わる者どうしなので、表面 的な部分をどうするかというより、コンセプトを追求しています。デザインをするには、形にする前にすべきことがあります。それは、思想とか、概念といったものを発見して凝縮する作業です。表面に見えているものより、潜んでいるもの。それがコンセプト。

W:はい。

猪狩:完成度の高いデザインを創り出すためには、形にする前にじっくりと考える作業(コンセプトメイキング)は絶対に必要なことで、でき上がったデザインと同じくらいに大切なものです。言い方を変えるなら、コンセプトをしっかりを考えることができるのがプロで、デザインコンセプトを考えずに手を動かしてしまう人が、素人さん、かな。

W:良い兆しはありましたか。

猪狩:雑談から生まれたひとつの言葉にひっかかりを感じました。それは「変わらないために、変わっていこう。」というものです。時代性を感じました。そしてEverGreenHomeの方向性でもあると思いました。この言葉を核として新しいロゴマークの制作は進められています。「変わらないために、変わっていこう。」そんな気分、いま誰もが感じていませんか?たとえば自分、たとえば家族、たとえば環境・・

W:うん、うん。

猪狩:コンセプト作りって、形にはならないけれど、必要な作業、何より大切です。建築も一緒ですよ。形になる前の議論というのは多ければ多いほど結果 が良くなる。100の議論のうちの99個が使えなかったとしても、その100個全体の議論は、全てが必要だったのです。ひとつの家に100の議論があり、100の設計図があり、しかし実際に行動に移されるのは1の結果 と1の設計図だったりします。それすら出ない場合は、また繰り返す。経過が大事なんです。デザインの仕事というのはそういうものです。非合理を重ねることこそが我々の合理性、かな。言葉が矛盾していますが。

W:合理的になりようがないというか。してしまったら終わりですね。

猪狩:そんな、合理化できない部分を多く抱える立場から言うのは何ですがね、建築確認くらいは、もっとさくさくっとやってもらえませんかね・・

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好意と誠意

2007年10月

先日、仕事中に、スタッフの少々がさつな行いを見ました。
私は「おい、どうしてそういうことをするんだ?」とそのスタッフに注意しました。後で考えて、そんな言い方をすべきではなかったな、と思いました。かといって何も言わないでいるのは優しさではありません。こんな時どう言えばいいのだろう、と、そんなことを思いました。

いわゆるホスピタリティの問題です。

ホスピタリティの本質は好意と誠意です。「好意」とは、相手がこちらからの好意を感じるということ。「誠意」とは、相手がこちらからの誠意を感じるということ。だからといって「これはあなたのためを思って言っているんだよ。」と言ったところで、「余計なお世話だよ。」と心の中で思われるのがせいぜい。難しいものです。

要は対等になること、同じ目線で話し合うということをしないと、人は他人に上からものを言われている以上、逃げ場を失って反発するしかないのですね。あの時に発した私の言葉も、自然と自分が上からものを言ってしまっていました。それが正しいことであろうとなかろうと、言う側が上、言われる側が下、と、上下を作ってしまった時点で、好意と誠意は伝わらなくなってしまったわけです。

人は、経験を深めたり、自信を高めたりしてゆくほど、自分至上主義になってしまい、傲慢になってしまいうこともあります。ちょっとした言葉が、実は一方的に上からものを見ていたり、相手の立場やプライドなどを気にもかけなかったりすることだってあります。
経験や自信と同じく、ホスピタリティの精神も同時に高めていかないと、どんどん勘違いをされる人間になっていくのかもしれません。

人間というのは、微妙で複雑なニュアンスの生き物です。20代の頃など、そんなことさして考えていなかったんですけどね。

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Bali, Kiyosato

2007年9月

何だか映画の「Paris,Texas」みたいなタイトルですが、この夏、私は「Bali,Kiyosato」でした。

いわゆる、夏休み、というやつです。
バリ島へは、親しいお施主様と共に、南の島でのんびりすることを目的に、そして個人的なこととして、仕事の買い付けのためのリサーチのために。
そして、帰国して南国の思い出に浸る間もなく、一転して国内の避暑地、清里の高原へ。こちらは気心の知れた仕事のパートナーと共に出かけました。日数にしてみればそう多くはない休暇でしたが、実に密度の濃いホリデーでした。

「どうしてこんなことをわざわざ書いているのだ?」
そう、私自身、仕事を始めてから夏休みらしい夏休みを取った覚えがなかったので、こうした穏やかな時間を過ごし、そして報告をしている、そんな自分がえらく新鮮で、なんだかようやく「人並み」になった感じがするのでした。

ちょうど一年前の今頃は、会社のことで葛藤が多かったことを思い出します。
暗いトンネル(抽象的ですが)から抜け出した今。ようやく、その頃の悩み苦しんだことが力となって、全てがいい方向に向っています。何よりも嬉しいことは、皆の「いい家をつくりたい」という純粋なパワーが、かつてなく強いことです。計算なしに、皆が純粋にそう思って熱くなっていることが嬉しいのです。人並みな夏休みを過ごせたのは、そんな安心感からかもしれません。

今月は、オフィス&ショールームであるEverGreenHome“UNITE”が株式会社として新たな一歩を踏み出します。銘木の販売・加工も本格的にスタートしましたので、ぜひ、こだわりの家具づくりにご利用ください。くわしくはこちらへ。

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ル・コルビュジェ展

2007年8月

ル・コルビュジェから学ぶことは限りなく多い。

そんなことをあらためて感じさせてくれる展覧会がやって来ました。

ル・コルビュジェは、言うまでもなく建築とアートの巨匠ですが、とくに建築に関しては安藤忠雄氏をして「住宅にこそ、巨匠ル・コルビュジェの全てが詰まっている」と言わせしめるほど。それほど建築家にとっては特別 な存在だと言えます。 今回の森美術館における展覧の、最大の見どころは、マルセイユ郊外のユニテ・ダビタシオン(1952年に竣工。彼はヨーロッパ各地にユニテ・ダビタシオン(集合住宅)を設計した。

そのコンセプトは現代の集合住宅の基礎になっている。)の室内の再現と、ル・コルビュジェの終の棲家で日本初公開となるカップ・マルタンの休暇小屋の再現が行われたことです。

どちらも余りにも有名なル・コルビュジェの代表作ですが、自らがその空間に身を置くことで感じられる思いというのは、人それぞれでなかなか面白いことと思います。

建築だけでなく、建築に興味のない人が出かけても、きっと何かのインスピレーションが得られるのではないか。そんなことを感じました。

ル・コルビュジエ展:建築とアート、その創造の軌跡

2007年5月26日(土)~9月24日(月・祝)終了しました

森美術館( 六本木ヒルズ森タワー53階)にて開催(会期中無休)

公式Webサイト

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心よりご冥福をお祈り申し上げます

2007年7月

先日亡くなられた(株)住地総建チーム取締役会長(前社長)・佐藤武男様のご冥福をお祈り申し上げるとともに、ご家族の皆様、現社長・相原正史様、そして(株)住地総建チームスタッフの皆様に哀悼の意を表します。

(株)住地総建チームは創業15年。言わば我々EverGreenHomeと同じ時代に生きています。

そんなわけなので、ふだん横のつながりをあまりもたない私ですが、忌報と知るや葬儀に参列させていただきました。

・・これまでの様々なことが思い出されます。かつては、我々Everにプランを依頼されるお客様の多くが、同様に御社にもプランを依頼されていたりして、負けるものかとがんばった頃。その後、御社は御社としての独自の道を歩み、我々EverGreenHomeもまた信じる道を歩んできました。あの頃と状況は変わっても、それでもお互いの道を信じて歩いてきたはず。だからなおのこと悔やまれて仕方がありません。佐藤会長(前社長)の死は、あまりにも早い。本当に早すぎます。

相原社長にはご葬儀の席で手厚い礼を頂戴し、感謝に絶えません。そして、そういった場でも佐藤会長、相原社長のご人望の厚さというのを、あらたまってひしひしと感じたりもしました。もちろん直接のやりとりがあっても、やはりそれだけでは気持ちに余りがあり、この場においてもこうしてあらためてお礼の言葉を述べさせてもらっている無礼をお許しください。

佐藤会長の安らかなる眠りを、心よりお祈り申し上げます。また、今後の(株)住地総建チームのご発展、ご繁栄を、心よりお祈り申し上げます。

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「関係」について

2007年6月

「関係」が、心配だ。

先日、とある方から相談を受けた。
家の修繕を頼みたいのだが誰か業者を知らないか、ということだった。とにかく安く仕上げたいという。そこで馴染みの修繕業者に内容を伝え、見積りをとってもらった。
一方で、やはり今後も何かあった時に対処がしやすいよう、私は、相談者の近隣の修繕業者もあたってみた。電話で話したところ、実直そうでとてもいい方に思えた。昔気質の職人と話しているようで、取次ぎの私がなんだか良い出会いをしたような気持ちになった。

見積は、僅か数千円の差で実直そうな近隣の修繕業者の方が高かった。
しかしながら、信頼に足る人物であったこと、近所なのだから何かと便利であろうという気持ちを伝え、数千円の差などいずれ何らかのかたちで帰って来るからと助言をして、実直そうな近隣の業者をすすめた。
ところが相談者は、とにかく安い方、その一点張りだった。

それってどうなのだろう?と私は思った。遠方の業者は修繕が終わればおそらく何の付き合いもなくなるだろう。実直な近隣の業者であれば、後々気になる所があったら電話一本で来てくれるかもしれない、ちょっとした家の悩みも近所のよしみで気軽に相談にのってくれるかもしれない。そう、「関係」が生まれる。

話は変わるが、テレビのニュースである現職の大臣がスーパーマーケットを視察していた。付き人に囲まれ発砲スチロールに入った生鮮品のパッケージをおもむろに手にして関係者とひと言ふた言会話を交わしたりしていた。ありがちなもんだとぼんやり眺めていたら、その大臣はマイクに向い、国民に、消費者に向けてこうメッセージした。「ちゃんと産地表示を見て、地元でとれたものがあるなら地元のものをちゃんと買ってくださいね。」

どうせあたりさわりのないことを言うだろうとたかをくくっていた私は、その大臣がいいことを言ったので驚いた。近くで採れているのに長旅で新鮮さを欠いた高い野菜を買うなどという行為を、我々は日々行っているわけだ。地のものを地で消費すれば物流が縮小される。無駄 な労力も車も排ガスも保存料も減る。立派なエコロジーの一端である。その土地に生かされているという考えに立って、その土地の恵みを食す。それはかつて当たり前だった、人と自然の性であり、「関係」だ。

日々を点として考えて生きていくことは楽だ。その場限りでよかったり、もう会わなくて済んだり、深刻にならなくて済んだりするからだ。
しかしそのような「関係」を大切にしなくなった社会は、いいことがない。結局、日々の点のような毎日がつながって、線になり、その先が未来なのである。
とりあえず、私は地の人と深く接し、地の物を食すようなことで、「関係」を意識してゆこう。

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HEADLINE ~ バイオ燃料ブームで果汁100%ジュースが値上り?

2007年5月

バイオ燃料ブームで果汁100%ジュースが値上りの兆し。

 

T:そうなんですか。

猪狩:家畜飼料の国内需要に充てるわけです。自国で消費される飼料ぐらい自国で生産しよう、という意識の高まりですね。「地産地消」の意識です。

T:オレンジの価格が高騰するだとか、ジュースが値上がるとか、バイオ燃料ブームによる弊害は取り沙汰されているけれど、国内で「地産地消」の意識が高まるというのは面 白いですね。

猪狩:家畜飼料だけでなく、これをきっかけにして「地産地消」の意識が全体的に高まればいいですよ。あらゆる食材が輸入で支えられている国ですから。ブームのバイオ燃料だって「地産地消」の理想にのっとって、国内でどんどんトウモロコシやサトウキビを生産すればいいんじゃないですかね。

T:減反で使われなくなった農地がいっぱいあるわけですよね。

猪狩:休耕田でどんどんバイオ燃料を生産すればいいのに。もともと何も作っていないのだから、バイオ燃料作物を栽培したからといって、ほかの作物の生産量 が減るわけではないから。なかなかそう簡単にはいかないものなのかな・・

T:自国で消費されるバイオ燃料を「地産地消」する・・・

猪狩:使っていない土地で次世代のガソリンを作ろう!(笑)農家の収入も安定しますよ。農業のポテンシャルが変わるね。

T:農業が復活したら家づくりは変わりますか?

猪狩:先人の暮らし方をもっと学ぶでしょうね。和の家づくりには優れた文化がある。自然に逆らうとか、自然に打ち勝とうとかいうんじゃなくて、共生するという柔和な気持ちに立ち返るでしょう。皆が優しさを取り戻すかもしれません。

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きちんと考えているか

2007年5月

意味のないことが多すぎます。

「呼吸する壁」を売り文句に、今人気の自然素材の壁材や、手作業で仕上げる塗り壁などを用いた家が人気であるようです。あろうことか、そこにビニールのクロス材を併用しているという信じられないケースを知りました。ビニールのクロス材は空気を透過しません。誰が考えたって、それでは呼吸しない。なのに平気でそれを「呼吸する壁」としてPRしているという・・・

おそらく、つくる側は顧客を騙そうとしているのではないと思います。騙すとかごまかすとか、そういったレベルでもなく、ある意味それよりもたちの悪い、何も考えていない人々だと思います。せっかく付けた「呼吸する壁」というキャッチフレーズも台なしです。気の毒なのは、その宣伝文句に惹かれて取り入れた顧客です。

どうしてこうも意味のないことが多いのだろう、どうして何も考えていない人達が多いのだろう、同業者としては、怒り以前にひたすら唖然とします。

家づくりはクリエイティブな仕事です。工場で毎日同じ物を作る作業ではありません。そんな我々にとって最も恐ろしいことは、思考を怠けること。考える必要のない単純な流れ作業のように思ってしまうと、「呼吸する壁」の一件のような悲劇が起きます。

きちんと考えているか。

スタッフの図面や現場をチェックする上で、これほど大切なチェック項目はありません。自らの図面 に対する自問自答も、変わりありません。

きちんと考えているか、私は。

何気なく引いた一本の、おざなりな線が、決してそこにないように。

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「頼まれたらやる」派の、13年目

2007年4月

地元茅ヶ崎の旧友らと話をした時に、こんなことを言われました。
「お前は昔から、頼まれたらやる、っていうタイプだったもんな。」そういえば、学級委員も、応援団長も、自分から手を挙げてやったわけではなかった、やってくれと頼まれたからやったんだった・・。

人って言うのは、そう簡単には変わらないものだと痛感します。
私はやっぱり今でも「頼まれたらやる」派です。人を、自ら先んじて立上がるタイプの人と、そうでない人に分けたなら、私は間違いなく後者。自分自身が先頭に立つことで生まれる名声よりも、誰かに力を貸すことで生まれる信頼の方が、私にとっては、はるかに魅力的です。旧友との間でも「財産」なんていう話題が出る年齢ですが、私の場合は地位 でも名声でもなく、信頼だったり、それを築いてくださる周囲の人、かけがえのない人脈であったりが、やっぱり宝物です。

そんな「頼まれたらやる」的性格は、はたして損なんでしょうか、得なんでしょうか?
EverGreenHomeは派手なPR活動をしません。自己顕示欲の低い私の性格ゆえとも言えます。取材をいただくなら快く応じるし、活動をお知らせするためにこのようなホームページはやっていますが、「うちらにやらせてください!」と大声で言うのは、EverGreenHomeらしくないんじゃないの?なんて、つい思ってしまいがちで・・(第一、恥ずかしくって・・)なので、これからも大きなことは言わず、「頼むよ」と言ってくださるお気持ちをこつこつとかなえて、それで信頼が深まるのならそれで良し、ということにします。

さて、EverGreenHomeは、そんな私が単身で立ち上げてから、この4月18日で13年目の歴史をスタートします。
昨年に比しても、あらゆる面で、出だしから順調であること。いい仕事をして、喜んでもらおうと、スタッフ全員が生き生きとしてがんばっていること。「ひとつ、頼むよ」というお声に応える準備は、まさに万端です。

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HEADLINE ~麻生外相、自由と繁栄の弧構想を強調

2007年3月

ー麻生外相「自由と繁栄の弧」構想を強調

麻生太郎外相は衆院本会議での外交演説で、「自由と繁栄の弧」という新機軸を打ち出した。「自由と繁栄の弧」構想は、民主主義、基本的人権、市場経済など普遍的価値を共有する国との連携を目指すもので、日米同盟、国際協調、アジア重視に並ぶ日本外交の大きな路線のひとつに位 置づけたいという方針である。また、国連改革に引き続き取り組み、日本の安全保障理事会の常任理事国入りに向け、新たな提案を検討する考えを表明した。

対北朝鮮外交については「拉致問題の解決なくして日朝国交正常化はない」との基本方針を強調。拉致、核、ミサイル問題の包括的な解決に向け、引き続き国際社会と連携しながら「対話と圧力」の姿勢で臨む方針を表明した。

猪狩:「自由と繁栄の弧」とは、北東アジアから、中央アジア・コーカサス、トルコ、それから中・東欧にバルト諸国までぐるっと延びるカーブのことですね。この広大な帯状に弧 を描くエリアで、冷戦崩壊後に新しい秩序が生まれたわけです。新しい民主主義のために日本は資金援助を主にして手をさしのべてきたわけだけれども、今それが確実に花開いてきているんですね。

ライター(以下T):で、これまでは日本が手をさしのべてきたけれども、これからは共に歩いてゆく時代なんだと言っているんですね。

猪狩:そうですね。拉致問題に関するニュースは多くても、テレビなどでこうしたニュースってあまり目立った扱いを受けないでしょ。どうしてこうも片寄るんでしょうね。まあそれはいいとして。これまで日本が行ってきた有意義な外交政策の実績というものを、これからどうやって活かしていけばいいのか、っていう、前向きな議論の火付けになっていますよね、火付けとしては有意義な提言ですよ。実際は北朝鮮とアメリカの間でしどろもどろになっているけれども、日本を民主主義のお手本としている国々っていうのはいっぱいあるわけで、やっぱり日本は前向きにならないとね。

T:政治なんか見ていると元気ないですもんね。

猪狩:かつて援助を行った国々はその後きちんと成長していますからね。日本の方針も的確だったのでしょう。ベルリンの壁が崩壊する以前にすでにポーランドやハンガリーに大規模な金融支援を約束してらしいです。がんばろうとしている国に迷いなくさっと手をさしのべられるなんて、粋じゃないですか。そういう良いところ、かつての日本にはいっぱいあったんじゃないかな。

T:猪狩さんは今、がんばろうとしている人(スタッフ)に、ちゃんと手をさしのべていますでしょうか^^

猪狩:あー、うちはその必要ないです、Everは今、本当に優秀なスタッフばかりになりましたから。大げさでもなんでもないですよ。みんなひとりひとりで解決できてしまうから、私なんか要らないんじゃないの?(笑)

T:手をさしのべたら逆に嫌な顔されたりして(笑)

猪狩:性分だから無理やり顔を突っ込んだりします(笑)

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知識 vs 知恵

2007年3月

私など足元にもおよぶはずもない、齢を重ねた素晴らしいお歴々というのが、様々な方面におられる。
そんな方々が、仕事で私に声をかけてくださることがある。我ながら不思議に思う。私に何か光ったものがあると、もしも感じてくださったのなら、それは何なのだろうか。

かつて人から言われたことを思い出した。
「貴方は、ちゃんと自分で考えるタイプの人だ」と。他人に依存することが好きではないのだ。聞けばすぐに出る答えでも、聞くよりも考える。安直に聞くのが恥ずかしいのだ。どうしてもわからないことというのはあるけれど、たいていの事は考えたらわかる、ということがわかったのだ。するともう、簡単に聞くなんていう行為が恥ずかしくってできやしない。

意固地な性格がなせる技だが、悪くはない。その結果として余り有る知識と経験をお持ちの方にかろうじて対抗すべく頼りの武器ができたのだろうか。知識ではない、じゃあ知恵だろうか。
今度、きちんと伺ってみようと思っている。「どうして自分を、Everを、選んでくださったのですか?」と。
これからおつき合いさせていただく上でも、己を知ることはどんな学を身につけるより役に立つ・・・

あ、いや・・・待て。

安易に聞くなんて、私の主義に反する。

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HEADLINE~マリーアントワネットがカンヌ映画祭で大ブーイング

2007年2月

「マリー・アントワネット」がカンヌ映画祭で大ブーイング

「ロスト・イン・トランスレーション」でアカデミー賞を受賞したソフィア・コッポラ監督の期待作で、 キルスティン・ダンスト主演の「マリー・アントワネット」の初試写会がカンヌ映画祭で行われた。しかし、予想とは反して批評家らの反応は厳しく、第一回目の試写ではブーイングが起きるほどの反応だった。
しかしながらそんなマスコミの反応にソフィア・コッポラ監督は「気にしていない」と語る。「反応があるのはいいことだわ。可もなく不可もなく何もリアクションされないのよりマシよ。面白いと思ってくれる人がいればいい。でも万人向けの作品じゃないことは確か。」と話す。
批評家に好評だった99年の「ヴァージン・スーサイズ」以来2度目のコッポラ映画主演、マリー・アントワネットを演じたキルスティン・ダンストは、カンヌの式場で「主演できたことやこの会場にいることを誇りに思っている。」と語った。

ライター(以下T):ご覧になったそうですね。

猪狩:私は楽しめましたよ。不満はといえば、ルイ王朝期の建築様式がもっと沢山観たかった。この映画は男よりも女性の方が好きになるでしょうね。舞台はキュートでゴージャス、この時代にこんな暮らししてたか?と思うようなデフォルメも、真面 目一方にとらえてしまうと話がつまらなくなりますね。エンターテインメントとしてとらえれば楽しい。マリー・アントワネット役も絶世の美女という感じではなく、どちらかというと逆(笑)。等身大の感じが上手く計算されていますね。

T:そうとう酷評だったのは、男性批評家が多かったのでしょうか。

猪狩:映画として良い悪いなんて私にはわからないけれど、この監督の女性らしい感性ってすごく強いし清清しいですよ。

T:そうですね。

猪狩:先月コーディネーターのKが辞めたでしょう。寿退社で。惜しいですよ、本当に。「おめでとう」の気持ちよりも「結婚したっていいから辞めんなよ、もっとうちでがんばってくれよ」と言いたい所です、正直(笑)。とくに建築のコーディネーターというのは、内装や造作といったお施主さんが直に接するセンスの部分でしょう。お施主さんの心の中の茫洋としたイメージを感じ取ってかたちにする作業って、本当に女性は上手いと思いますよ。男性だと周囲の音に耳を傾けたりして、「これでいいのかな」なんてバランスをとる。それはそれでいい所だけれど、女性の場合はいちど相手を理解したら後はゴールまでまっしぐらですよ。自分自身を信じきっている。

T:迷いがないですね。

猪狩:そう、迷いがない。そのKにしたって、徹底的にお施主さんを理解して吸収しますから。先日完成した平塚のHさんのお宅も彼女が担当したんですが、お施主さんの奥様がリビングに置く椅子のイメージを持って来てくださった日、Kもイメージスケッチに、まさにそれと同じ椅子をリビングにレイアウトしていたんだから。かつて話題に上ったわけでもないのに、同じブランドの、同じ色の、まったく同じ椅子をですよ!

T:素晴らしい(笑)

猪狩:このソフィア・コッポラも言っているでしょう、「気に入ってほしい人が気に入ってくれたら、それでいいんだ」みたいなこと。理屈じゃなくて、喜ばせたいがためのパワーに満ち溢れていますよ。とくに建築屋は、女性に学ぶことが本当に多いですね。

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平成18年、年頭にあたって

2007年1月

正月に美術書をめくっていて、ふと手が止まりました。

「黒織部沓形茶碗 銘 わらや」織部焼の祖である古田織部の作品。

どっしりとした重厚な素材、飾り気のない造形の中に、

無邪気なくらいに単純で、なぜか心踊らされる図形の楽しさ。

あたかも正反対に感じられる要素が一体となって

他の器にはない独自の一体感を感じさせる逸品。

見た覚えのある器なのに、

その日は何故かとくに見入られたのを覚えています。

とても大きなヒントが隠されているように思えたのです。

 

和。

それは、他者を愛し、自分を愛する、心の様。

日本人のルーツであり、今こそ必要なものではないかと思うのです。

洋のライフスタイルと和の感性が交差する

私たちの日常。

便利な中に埋もれてしまっている和の精神性は、

本当は日本人が等しくDNAとして持ち続けている命そのもの。

それなしでは自らを証明することすらできません。

そして、家はいわば人の器。人を包んで和を為すものでありたい。

家族ひとりひとりの思いも個性も、和風も洋風も包んで、

新鮮だけれども心やすらぐ、モダンだけれど温もりのある、

長所と長所が融和する家。

和のある家。

 

古田織部の茶碗は、圧倒的な美を感じる一方で、

まるではしゃぐ子供を眺めているようなほのぼのとした幸福を覚えました。

「この器のような家がつくりたい」そんなことを心から思いました。

EverGreenHomeがつくり出した家から、たくさんの和が育まれるように。

心を引き締めて、今年もがんばる所存です。

 

平成18年 正月 
エバーグリーンホーム代表取締役 猪狩裕一

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