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President,s Column | エバー代表のコラム

President's Column | エバーグリーンホーム代表・猪狩裕一の思いをお伝えします。

年別アーカイブ:2009年

リフォーム事業をパワーアップしました

2009年12月

先日、亀井大臣が電柱の地中埋没に関して予算獲得に積極的に取り組みたい、というような内容の発言をしていましたね。

電柱だらけの醜い日本の町並みがそのようなことになったら、どれだけ美しい国になるのだろう・・・そんな景色を私は想像していました。
事業のムダを衆人監視で省いていく、昨今の試みはとても素晴らしいことだと思っています。
しかし、世の中はどうも「つくっちゃいけない」「これ以上つくることにお金を使うな」みたいな風潮になっています。「つくることそのものが悪いわけではないのに・・・」なんて私は呟きます。だって悪いのは、つくることではなく、つくる理由ですから。天下りする役人たちの受け皿みたいな箱物、つくったことよりも凶悪な維持管理の莫大なコスト、そういったよこしまな考え方とか従来システムが悪いんです。
いいものは、新たにつくることも、在るものを見直すことも、必要です。そこには必要なお金をかけるべきです。

優れたデザインの家をつくるという、それだけが我々の指名ではありません。
あるいは、そういう同業者がもしもいるとするならば、この今の時代にしては手前勝手過ぎるし、了見が狭いなぁ、なんて感じてしまいます。環境に対する先代のツケを自覚しなければいけないはずです。住むという行為を大きく環境のひとつとしてとらえ、時代に合った家づくり=環境づくりというものを行なっていかなければならないと感じています。そう、今や家づくりは環境づくりです。在るものを失わないようにする。そこに新たな命を与える。
そこで、エバーではこのたびリフォーム事業をパワーアップしました。

たとえば、中古住宅を購入するとします。その場合、その建物が住むための一定の安全性を満たしていれば税金の優遇措置を受けることができます。税金の優遇措置を受けるためには、確かな技術者の耐震診断を受け、不足な部分は補強します。そうすることで税金は抑えることができ、そしてもちろん安心してリフォームすることができます。このたびエバーでは、そのような「お墨付き」を得られる耐震診断と補強工事を行なうことができるようになりました。(木耐協=全国に組合員1000社をこえる日本木造住宅耐震補強事業者協同組合への加盟)
リフォームの必要性を高く感じ、確かな技術をもち、そのノウハウにさらに磨きをかける、そういったことへの約束です。
お施主様においては、ますますエバーへの信頼度を高めていただけるための証です。

新築を建てるということに意味があるのと同じく、今あるものを大切にし、直すところは直して失うものをなるべく少なくしていくことも、意味があることだと思います。

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寿司屋の話 Part.2

2009年11月

今回もお寿司屋さんの話になります。恐縮です。

ついに知人がこの茅ヶ崎で寿司屋を開店することになりました。
場所は中海岸。目抜き通りからひとつ奥まったところに入った閑静な住宅街の中です。前回お話した「初音鮨」のように、味にこだわりをもち、本当においしいお寿司が食べたいと思う地元の人のためのお店にするということです。店の切り盛りは店主ひとり、小さな空間ゆえに全てに目が行き届くようにしたいということ。贔屓にしてくださるお客様にとって、大切な時間を過ごす店になることをめざして。とても嬉しくなりました。
店舗デザインをエバーが行ないます。ご主人の心意気に負けない空間創りを手がけるつもりです。

お寿司って、私が子供の頃は間違いなくごちそうでした。
今のように子供でも気安く食べられるロードサイドのチェーン店などなかったですから。時代は変わるものです。今は「なかなか手が届かない寿司」と「いつでも食べられる寿司(のようなもの)」の両極端になってしまいました。二極化、ですね。
たとえば昔はあった地元の贔屓の一軒寿司屋のように「無理せず行けて、満足できる」そんな中間のゾーンの店が衰退し、減っていく一方です。会話も近所のよしみで肩がこらず、値段も気にせずそれでいておいしかった、話を追っていくと同窓の輪ができていたり・・・そんな店です。昔はもっとあったはずです?どうして減っていくのでしょう?・・・

寿司屋の二極化に似た現状があります。
家づくりも二極化が著しいようです。建築業、家づくりの実態も、「お金をたくさん持っている人は名うての建築設計事務所へどうぞ!そうでない人は(カタログを見せて)こちらからお選びください!」といった、ふるいで二つに分かつような現状です。高級寿司店が無理なら、ロードサイドの回るお店の中からなるだけましな店を探すような現状です。
昔はそうではありませんでしたよ。良心的な値段できっちりいい仕事をしてくれる、そんな中間的な存在が近隣にちゃんといました。細々とであっても職人としての誇りが人一倍あって、必ずいい仕事をしてくれる人達がちゃんといました。

エバーは、気軽に相談できる町の建築屋でありたいと思っています。
多人数ではないけれど、いい仕事ができて、地元の信頼があって、重宝される存在に。とかくデザイン性での評価を高くいただいていますが、私達自身はむしろ真逆かもしれません。ひとり残らず額に汗して働いていますから。

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寿司屋にて想うこと

2009年10月

寿司屋を開業する知人から、どういう店にしたらいいか、と相談を受け、エバーのお施主様で親しくさせていただいている鳥海さん(茅ヶ崎「ラ・ターブル ド トリウミ」シェフ。ご自宅をエバーが設計施工させていただきました。)にご意見を伺ったところ、とある店に誘われ案内をしていただきました。そこは、蒲田にある某寿司店で、ご主人と奥様だけでこじんまりとやられている店でした。

店内はお座敷のないカウンターのみの8席。つまみはなく握りのみ。注文は基本的にお任せのみ。握りの仕事は随時変わっていき、生はほとんどなく、鮪も大とろに至るまですべて深めのズケ。秋刀魚などもワタがかましてある。
・・・寿司通であればこの時点で「あっ」とお思いの方もいらっしゃるでしょう。

人間性は、言葉遣いのまず最初のひとことで伝わります。そして態度、服装からも。ていねいに、しかし堅くはなく、店の主人が挨拶をしてくれます。着物を楚々と着こなした奥様が、自然で優しさにあふれた温かい対応をしてくれます。空間は新しく、言うまでもなく清潔です。そこには客をかまえさせるような頑強ぶりやある類いの店が醸し出すおごりのような鎧もありません。うまいものを食するのに適した環境が整っているだけです。この時点で私は確信しました。うまくないわけがない、と。その通り、握りもそれに合う酒も選択に揺るぎがなく、絶品でした。
「この満足感は何だろう?・・・」そんなことを考えながら、鳥海さんとご主人の雑談を傍らで聞いていました。和やかな雰囲気の中で交わされる言葉の中に、極めた者どうしの高みのオーラがあり、私はただ感心するばかりでした。その店の名は、蒲田の「初音鮨」。ミシュランガイドブックに二つ星で紹介されています。
念のため、決して寿司屋として目の飛び出るような金額の店ではありません。

世の中には難しい顔をしておいしいものを出す名店もあります。それをどうこう言うつもりはありません。
しかし、私としてはこの初音鮨のような安らぎと美味を与えてくれる店がやはり好きだし、職業は違えど、そういう人をプロとして尊敬します。

魂をこめたエバーのモデルルーム「VILLA EVER」。完成した今でも、「あそこはもっとこうすればよかった」などと、今も性懲りもなく考えてしまいます。しかし画家がこれ以上手を入れないよう自らの絵にサインをするように、鳥海さんも初音鮨の主人も、世の匠はつねに自らで「見切りをつける」瞬間がその都度あるはずです。その時、やはり私と同様、性懲りもなくくどくどと考えてしまうものなのだろうか?それとも自信に満ちた鮮やかな見切り方であるのか?気になります。

ラ・ターブル ド トリウミ

大磯「ドゥゼアン」元料理長で、「料理の鉄人」にて当時の”鉄人”中村孝明氏に勝利したことで有名な鳥海勝シェフの店。地元有機農家の新鮮で健康な野菜、この地に点在する魚市場ネットワークから供給されるとれたての魚介類を使った、てらわない料理、そして気のおけない雰囲気。私が真に匠だと感じるシェフのお店です。

http://www.la-table-de-toriumi.com/

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「VILLAエバー」の完成内覧会後の想い

2009年9月

中海岸「VILLAエバー」の完成内覧会に多くの方にご来場いただき、誠にありがとうございました。この場であらためて御礼を述べさせていただきます。
エバーの家づくりがいかにていねいであるかを多くの人に実感してもらいたい、そんな気持ちを強くもって行われた今回の完成内覧会。無事終えた今、いつにも増して感動が多く残りました。のべ70組をこえる多くの方々にご来場いただき、ご覧いただけたことは、その最も大きな喜びです。また、それだけではなく、がんばったかいあっての嬉しい出来事はほかにもいろいろとありました。
そのひとつをご紹介します。それは「VILLAエバー」完成直後、関わった職人達と食事を共にしている時、彼らが口々に言った、この言葉です。

「自分があれだけやれるなんて思わなかった。」

人間誰しも自身の限界のようなものを勝手に定めてしまいます。
けれども今回の「VILLAエバー」プロジェクトは、家づくりの楽しさや奥深さというものを、我々にあらためて強く感じさせてくれました。結果と同じくらいに、過程というものがいかに大切であるか。切磋琢磨した過程の先だけに、満足できる結果があるということ。あらゆることはとうに分かりきっているベテランの職人が皆、自身の技の限界に挑んだり、ふんだんに知恵を振り絞ったり、粘ってくれたのですから。個々がそれぞれの仕事の意味というものをしっかり考え、腕だけでなく、頭だけでなく、その両方をフルに駆使して一丸となっていい家づくりに取り組んでくれたのです。

「自分があれだけやれるなんて思わなかった」「いやあ本当にそうだ」「その通りだ」・・・ビールを片手に皆が興奮し、喜び合ったのです。
エバーとともに働いてくれる職人は、高い技術と高い志をもった人間しかいません。その集団が今、またひとつ壁をこえて、そして心をひとつにした感があります。その変貌は、必ずやこれからの家づくりに結果を残すはずです。

未来のお施主様にも、我々はきっちりと言うことができます。「楽しみにしてください」、と。

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モデルルーム「VILLAエバー」をお披露目します

2009年8月

ついに茅ヶ崎中海岸のエバー待望のモデルルーム「VILLAエバー」がお披露目となります。
9/5(土)・6(日)は千客万来、どなたでも自由にご見学いただけます。ご近所の皆様、ふらっと遊びにいらしてください。湘南で家建てないな、なんてぼんやりとお考えの方、お気軽にどうぞ。
リフォームのご相談もオーケーです、専門のスタッフが常駐していますから。
エバーの完成内覧会のスタイルは、質問をいただいたらお応えするスタイル。こちらからむやみに話しかけることはないので、本当に気軽に来てほしい、そう願います。

 現地で見ていただきたいところは、本当にたくさんあります。
私たちがこの「VILLAエバー」で伝えたいこと、それは「贅をつくした家づくり」ではありません。私たちが伝えたいこと、それは「ていねいな家づくり」です。
お金をかければいい家ができるのは当たり前。私たちはそうではなく、知恵や技術を使い、ていねいにいい家をつくる、そういう会社であることをお伝えしようとしています。

そのために、細かなところまでよーく見ていただきたいものです。
きっと「あれ・・?」という発見があるはずです。
「どうして・・?」という驚きがあるはずです。
その時は近くのスタッフに「これ、どうなってんの?」とお声をおかけください。しっかりとご説明いたしますから。

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家とは手がかかるもの

2009年7月

先だってのIGARIブログ(http://ameblo.jp/ever-igari)にも書いたことです。

大手ハウスメーカーのパッケージに「長期優良住宅」というものがあります。
長い観点でエコに貢献するといい、税制面、金利面で優遇されます。じゃあこのどこが「長期優良」であるかというと、これは極端な言い方をすれば、単に政令に従ったハードスペックの部分のことを指しています。いかに丈夫であるかということを、政令に徹底的に遵守しているというかたちで表明しているようなものです。生意気な言い方をすれば、これ、当たり前です。しかもメンテナンスフリーのような書き方をしていますが、異論を唱えます。メンテナンスをしないで何十年もそのままの家なんて、有り得ません。
誤解はしないでいただきたいのですが、私は大手がわるいと言っているわけではありません。耳さわりの良いセールストークを簡単に鵜呑みにしないでくださいね、と言っているだけですから。ご自身の価値観というものを大切になさってください。そして大金を使って大切な家を建てる時には、その価値観を育むために学んでください。世の中においしいだけの話なんてありません。

世の中においしい話なんてないのと同じように、メンテナンスフリーの家なんていうのもないと私は思っています。
「この車は全く手がかからなくていいですよ」と販売員につられて買った車を、掃除もオイル交換もしないで乗り続けたらどうなるでしょう?手をかけなかったかわりに寿命が短くなりますよね?
家だって一緒です。掃除を怠らず、気になるところは修繕をして、要は愛情を注いでやること、手間を惜しまないことが、実は最も大切な「長期優良住宅」化の心得であるのです。
「住んでいるあなたは何もしなくても、この家なら大丈夫ですよー」と売り込む人がいたら、その人はどうかしています。その言葉に簡単に乗る人もまた、その時点で家を長持ちさせることのできない人です。

新築の家を見て「素敵」と思います。
それと同様に、古いけれど手入れの行き届いた家を見て「素敵」と思います。
そして新築の家は必ず古くなります。古くなった時に「素敵」であるかどうか、その鍵を握るのは、実は家ではありません。そこに暮らす人の家に対する心義です。家とは、手間がかかって当たり前のもの。だから楽しいもの。メンテナンスフリーなんて、いつの未来の話でしょうね。

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手作りのお弁当

2009年6月

先日茅ヶ崎の友人と話をしていました。
飲食店を任されている彼は「どうしたらもっといい店になるか」を真剣に考え、その心を口にしていました。飲食の店を仕切るなど縁のなかった私なりに考えてみました。いい店、流行る店は、おいしくて、気持ちがいい、そんなお店です。てっとり早く考えるなら、一流のコックを招き入れ、スタッフにホスピタリティを学ばせて・・・。
ところがそれらは全て他力本願です。誰かの力を借りたり、お金さえ払えば解決するなんて、どこか「木をみて森をみず」のように思えました。私は彼には親身でありたいので、自分なりに考え、こう言いました。「お金をかけずに何か成果をあげることが大事だと思う」と。

後で思い返してみると、その時の私は、私自身が日々こうありたいと思っていることを、言葉を変えて彼に話しているのに過ぎませんでした。日々の中で、どんなことでもそうですが、私は理想とするのは、お金をかけずに時間や手間をかけることです。何故かというと、それが一番難しいことだから、有り難いことだからです。お金も時間も手間もかかって、それで良いのは当たり前です。

けれど誰しもが恵まれてそうできるわけではありません。だったら何を一生懸命にがんばったら、相手に自分の気持ちが、身近な誰かや仕事のお客様といった周囲の大切な人々に伝わるのか?
それはやはり時間や手間を惜しまないことです。その人を思いながら考えたり、悩んだり、試したり、そういった試行錯誤の繰り返しをすることです。

コンビニのお弁当。気軽だし、いろいろ選べるし、安いです。
一方、高級料亭の出すお弁当。珍しいものや、ふだん口にできないものが入っていて楽しませてくれます。では、あなたに聞きます。毎日食べるのなら、あなたはどんなお弁当がいいですか?きっとあなたはこう答えるはずです。「母親や、妻や、恋人や、そんな人が作ってくれる普通の手作り弁当」と。
おそらく技術は高級料亭に劣ります。コンビニほどバリエーションはありません。それでも毎日食べるのなら、あなたを思って時間や手間がかけられた、愛情あるお弁当が、毎日食べるのなら一番美味しいはずです。

家だって同じです。毎日食べても飽きないお弁当のように、毎日住んでも飽きない家が、私は一番良い家だと思っています。
「EVERGREENHOMEの家は、うちの奥さんの手作り弁当みたいだ」そんなことを言ってくれるお施主様がもしいたら、私はきっと飛び上がって喜んでしまうと思うのです。

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「標準仕様」について 

2009年5月

基礎、軸組、通気、保証・・・建築会社にはその会社なりの方針というものがあります。当社EVERGREENHOMEにもそれはあります。
最近になり、つとに営業サイドに「標準仕様」に関するお問い合わせが多くありました。それらは従来は個々のお客様に対し真摯に解説してまいりました。しかし企業である以上、公表は徹底すべきと考え、また全てのスタッフが同じ言葉で説明できることを目的として、今月からウエブサイトにおいて「標準仕様」のページを新設するに至りました。 今後はご質問に対し全てのスタッフが同じ言葉で説明できるようにいたします。またEVERGREENHOMEという会社への必要最小限の安心として、より多くの皆様にお目通しいただければ幸いと存じます。

以下は、私の言い訳です(苦笑)。

私は今、標準仕様を「必要最小限の安心」と申しました。なぜなら、それは各社で差こそあれ、その内容は「きちんとやって当然」のことであるからです。料理人にたとえるなら、素材、道具、環境などのようなことであり、それをことさらあらたまって「うちは新鮮なものを、いい包丁を使って、とても清潔な場所でやっています」などと言うのは、どうなんだろうな・・?なんて思っていました。料理人にとっての真髄というのも、その先にある「味」ですから。皆が基本に忠実でありながら、じゃあどうして一流と呼べる人たちの料理は違うのか、そのことが我々建築人にとっても重要なものであると思っています。基本は言わずもがな、やって当たり前。そしてその先の行いに、一流と二流の差がでる、そこが最も大事なところです。

そんなわけで、公然と標準仕様を口にすることは、「それが売り」のように取られてしまいたくないので、非効率的ではありますが個々のお客様に対し行ってまいりました。そんな始末です。

ですが、これはあくまでも我々の美学です。この機会に反省をさせていただくとともに、当ウエブサイトの「標準仕様」のページをよろしくお願いいたします。そして変わることなく「標準仕様」にあぐらをかくつもりのない姿勢をお約束いたします。

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エコロジーの憂鬱

2009年4月

日本は「洞爺湖サミット」において、自国の優れたエコロジーへの取り組みを世界にアピールをしました。
今日に至るまでの日本の文化、叡知は他の文化圏に類を見ないほど素晴らしい、建築においてもこれは確かなことです。そして、これからは消費主義的なスクラップ&ビルドの時代から、長寿命、エバーライフの発想へ。素晴らしいことです。個人的にも大いに賛同できます。

高い理想を掲げることから、つねに歴史は動き、そして世界は変わってきました。
では、その理想に向かってゆくための、歩き出しに何をすればいいか。ひとつは、問題のある現実を修正していくことです。間違っていることを間違ったままで理想に向かっていったところで、ずれた方向にしか向かわないし、それはへたをすると取り返しのつかない結果になります。そして、現状の日本はその危険を大きくはらんでいる。そう思えます。

業界は、長寿命住宅のための技術開発が一種の流行と化しています。
たとえば、電気系統のメンテナンスをシンプルにするための壁内の新設計に着目することなどは、不具合を容易に改善することで、長く住むためのモチベーションを維持するための工夫です。それらあらゆる工夫や技術が各社で編み出され、大手でパッケージング化され、「000年住宅」のごとく気の利いたキャッチフレーズで国民生活に提案されていきます。皆が、理想のもとに涙ぐましい努力を重ねています。
しかしそれらの努力は全て、エコロジーの発想が成熟していない現行法上でできる範囲に限られているのです。時には現行法が枷にもなり、理想を邪魔することもあります。防錆の取り方、耐震性の取り方、エネルギーロスと気密性の問題、矛盾を山積みに抱えた現状で、今かろうじてできることは何か、と頭を抱えながら、私たちは理想へと向かっていかなければならない、そんな難儀な状況です。ぶれたルールの上で、必死にあがいているのです。

私だけでなく、多くの建築家が、この現実と理想の差に矛盾を感じ未来に少なからず閉塞感をもっているはずです。

昔、日本には「牽き屋」という職業がありました。古くなった家の基礎部分を新たに作り直すために、上にある家を基礎から牽き離す職業です。基礎さえしっかりしていれば、家というものは修繕を繰り返していけば長生きできる、そんなことを物語っています。
現代の家に置き換えた場合、それをそのまま当てはめることは乱暴かもしれません。
けれども、エコロジーの本質を推進していこうというのならば、21世紀にふさわしい牽き屋的発想が「ルール」となり、全うな現行法のもとで、我々民間がひとつの「理想」に向かって安心して切磋琢磨する。これこそが「理想」であると、私は思います。

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日々反省

2009年3月

EVERGREENHOMEがおかげさまで今期を無事に終え、まもなく15期に入ろうとしています。
ひとり柳島でスタートしたこの会社ですが、スタッフも徐々に増え、職人も精鋭が集い、毎日のように苦労を重ねてきたので「なんだ、まだ15期目か」という感じもします。時間としてみたら些細なものでも、様々な思いが積もった密度の濃い時間でした。その中で最も大切なものといえば、日々増えてゆくお施主様と、そのお施主様と将来も続いてゆく絆です。とくにEVERという会社はお施主様を介して別の新たなお施主様と出会える機会がとても多く、まさにお施主様各位には「おかげさまです」の言葉がふさわしく口に出ます。
そして私はといえば20代で会社を起こし、早や40代に足を突っ込みました。美しきアラフォーです(笑)。
若い頃と今、違いは何だろう、などと考えると、そういえば昔ほど仕事のことでスタッフに苦言を呈すことがなくなったと思います。それは決して余裕というものではありません。何故でしょうね?年齢から来るものでもないと信じています。そう考えると寂しくなってしまいますから(苦笑)。

必ずスタッフに苦言を呈する場合があります。お施主様にご迷惑がかかる時です。
たとえば、指示すべき者が的確な指示を持っていない時。指示された者が作業に工夫を考えない時。想定すれば避けられることを想定していない時。そういった、考えなしに手や足だけを動かしている時です。
本人も、周囲も、誰ひとりとしてトクをしません。そしてお施主様にはトクをしないどころかソンをさせてしまいます。時間、コスト、仕上がり、そういったことはお施主様にソンをさせないことが目標ではなく、よりトクをしてもらうことが健全な考え方です。
スタッフがことを起こす前の私の事前のチェックは、そのために絶対的に必要なものです。その時々の計画の成熟度を上げていくための、ひとつの訓練でもあります。

EVERの顧客満足度。それはシンプルです。つくる家にお施主様がどこまで満足してくださるか、それしかありません。EVERで家をつくる、と決めた気持ち、それはどういうものか。日々自覚するしかありません。
このご時世に業績めざましい某有名企業の代表のモットーがこれです。
「日々反省」。
努力家だけが口にできるこの言葉を、15期に入るEVERの、ひとつの目標に置きたいと思っています。

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フランスから帰って

2009年2月

1月にフランスに旅行に出かけました。
イタリア、ドイツ、オランダなど、建築家として一度は訪れるべき国々を見てきましたが、フランスは今回が初めてです。この国にも数々の有名な建物があります。やはり、「モンサンミシェル」の迫力には驚かされました。敬愛するコルビュジエの代表作である「サヴォア邸」や「ロンシャンの礼拝堂」(脚注)なども観て来ましたが、モンサンミシェルの荘厳な迫力を目の当たりにした後だけに、「ふうん」程度の感動になってしまったことはちょっと残念です。(そもそも較べていること自体がナンセンスですが)そんなわけで、限られた時間を満喫すべく移動また移動の日々。「バカンス」のもつ響きよろしく時間を無駄 にするという贅沢はなく、ただ貪欲に行脚したフランス旅行でした。

食。これも大きな旅の楽しみでした。
寝泊りがパリゆえに期待が膨らむのも当然。三ツ星のつくリストランテを予約し、いそいそと出かけました。期待は見事に、、、裏切られました。というか、ヒドカッタ。
とくに私の大好物の生ガキに至っては・・・パリへの憧れを完全に消し去りました。ほかの料理も素材ではなくソースばかりが主張して、「これがパリの三ツ星なの?」。言っておきますが、私は決して経験豊富で貪欲な食い道楽などではありません。要はそんな私でもわかるほどの・・・だったのです。その店では結局メインディッシュまでたどり着くことなく、店を後にした次第。ユーロが高い現状、三ツ星だけにそれなりの金額でした。ああ、もったいないことした・・・。
(思い起こせば数ヶ月前はそれ以上にユーロは高騰していました。その頃の金額で後悔して帰った人々のことを思うと、それはそれはもう気の毒で仕方ありません。行ったのがその頃じゃなくてよかった・・・)

日本という国が今や、さまざまな面でいかにスタイリッシュであるか、を感じました。
味、清潔度、もてなし方、価値と価格のバランス、そういったことの捉え方というのは、もはやパリであろうと日本にはかなわない気がします。日本に帰ってあらためて感心したのは、デパートも、レストランも、どこもかしこも清潔なことでした。実にスタイリッシュな国に、私たちは暮らしているものです。ここでは遥かに旨い生ガキが、遥かに安く、容易に手に入ります。

たくさんの感動があり、またいくつかの複雑な思いが交錯した、初めてのフランス、パリ。敬意を払うと共に、格付けで有名なミシュランの関係者がいった言葉を思い出します。

「日本にはたくさんの星がまたたいている。」

サヴォア邸

サヴォア邸はル・コルビュジエが設計したフランス、パリ郊外のポワッシーにある近代建築の住宅。1931年竣工。20世紀の住宅の最高作品の一つであり、フランスの歴史的建築物に指定されている。ピロティ、屋上庭園、自由な平面 、独立骨組みによる水平連続窓、自由な立面 からなる近代建築の五原則のすべてが、高い完成度で実現されている。平面 の中央には緩やかなスロープが設けられ、1階と2階を連続的に繋いでシークエンスを形成している。

ロンシャンの礼拝堂(ノートル・ダム・デュ・オー礼拝堂)

ロンシャンの礼拝堂(ノートル・ダム・デュ・オー礼拝堂)は、ロンシャンにル・コルビュジエが設計した。1955年竣工。サヴォア邸などとは異なり、うねった屋根による外部空間、厚い壁から光が差し込む内部空間が特徴的である。ル・コルビュジエの後期の代表作。元々ロンシャンは巡礼地でありこの地には中世に建てられた礼拝堂があったが、第二次世界大戦の際に連合軍の空爆により破壊された。戦後、ロンシャンの人々は再建を願い、そこでコルビュジェに設計が依頼された経緯がある。

Travel Photos by Yuichi Igari

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日本の家は幸せでしょうか?

2009年1月

遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。

とはいえ私、EVERGREENHOME代表取締役・猪狩裕一、今年は本厄の年です。
人間、確実に歳をとるものですね。歳をとる、こればかりはどんな国に生まれても、どんな境遇であっても、皆平等です。勝ち組も負け組も皆平等。正社員も派遣社員も皆平等です。

「全然、お正月らしくない感じがするんだけど・・」先日、取材ライターと雑談をしていました。
町を歩いても門前に目立つ正月飾りは見当たらないし、周囲で景気のいい話もそうは聞こえてこない。さらにはテレビをつければ派遣村の報道・・本当に「めでたい」と思っている人はどれくらいいるのだろう、などと考えてしまいます。この国で、あらゆる矛盾が起こっています。今まで均衡を保っていたことが、明らかに、そのバランスを崩してしまっています。
正月明けの日本経済新聞に、わかりやすくそのことが記されていました。

「そもそもは銀行の貸付けシステムに問題がある。」

たとえば家をたてる時の融資が代表的です。新築するにあたって銀行から金を借ります。そして家がたつ。ローンが発生する。ところが家自体は買った時点からその価値が急激に下降していきます。それこそ、買ったとたんに2割や3割は平気で価値が下がります。私たちは価値が下がる一方の家に暮らし、同時にローンに縛られるのですから、身を守るためにできることと言えば貯蓄くらいのものです。せめて貯金くらいは、という脅迫観念にとらわれ続けます。経済が活性しない大きな要因だと書かれていました。

本来、“価値”とは流通するモノに対してあるべきものです。
しかしこの国では長年の習慣として、“価値”を個人に対して見出してきました。「この人はどこどこの企業に正社員で勤めているから安心だ、だから融資しよう」のように。人に対して貸す価値のあるなしを判断するのに、モノに対しての価値にはそっぽを向いてきました。

いいモノを買えば財産になる、それが豊かな国の発想です。
ところがいい家をたてても財産にはならないなんて。ローンの目減りよりも財産の目減りの方が著しい仕組み。本当にこの国は豊かなのか、疑問に思います。
古くても手入れの行き届いた家に感動する、それは心の豊かさです。そして、そこに価値を見出すこと、それが真の豊かさではないか、と私は感じるのです。

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