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President,s Column | エバー代表のコラム

President's Column | エバーグリーンホーム代表・猪狩裕一の思いをお伝えします。

年別アーカイブ:2011年

胸を張ってすすめるおいしいお店

2011年12月

私が今、心からおすすめしたい、おいしいお店があります。

それは茅ヶ崎市共恵の焼菓子の店「Sainte-Enfant」。パウンドケーキやクッキーなどがメインのお店です。すでにたくさんの顧客がいらっしゃるそうですが、何せそこの奥様が一人で作っていることからなかなか製造も追いつかず、週に3日ほどしかお店は開いていません。要するに、作ったそばから売れてしまうという実態なのです。

「おい、だったらどうしてそんなお店を宣伝するんだ?」とお思いでしょう。
だってこれが書かずにおれますか!もう感動的に美味しいのですから。

実はこのお店は、先日エバーが建てた「茅ヶ崎Y邸」です。下階が焼菓子の店「Sainte-Enfant」の工房とショップ、上階がご夫婦のお住まいになっています。
くわしくはこちらをご覧ください。

なんだ、お施主様だから褒めているのか、ですって?とんでもない。私はそんな人間ではありません。本当に(しつこいようですが)美味しいのです。口にしたスタッフも、打合せでお菓子をお出ししたお客さまも、異口同音に「美味しい!」と感動されているのですから、間違いはありません。味は特別に個性的であるとか、アイデアが効いているといった類ではなく、変化球ではない正統派の美味しさです。どこかにご挨拶に伺う時、何を持っていこう・・・そんな時に、いま真っ先に思い浮かべるのが、この「Sainte-Enfant」のお菓子です。きっと、誰でもが美味しいと喜んでくれる、そんな確信があるからです。

ぜひ一度お試しください。ただし、品切れは必至です。営業日はなるべく早い時間にお出かけを。事前に電話で聞いてみるのもいいかもしれません。

美味しいものの話ついでですが、味の好みは本当に人それぞれですね。ミシュランが上陸して5年目、先月発表された調査対象は湘南エリアまで拡大されました。従来の東京・横浜・鎌倉に加えて、横須賀、葉山、逗子、藤沢、茅ヶ崎、平塚ほか9の市町村が新たな対象になりましたね。藤沢市では「幸庵」が三つ星を獲得して話題になりました。

「あれ、どうしてこんな店が入ってるんだ?」「あれ、なんであの店が入っていないんだ?」等々、ひとり考えたり、他人の感想を聞いたりしています。とくに「あれ、どうしてこんな店が入ってるんだ?」という部類の話については、自然と盛り上がります。大きな声では言えないことがたくさんあるというのも、内緒話のようで楽しいです。そして最後は「ミシュランって、どうなんだろうね 笑」。
私もまた、個人のブログ内で「エバー的ミシュラン」=「エバラン」などと称して勝手に美味しい店を紹介しています。これもまた他人には突っ込みどころが満載です。舌は千差万別、自分が贔屓にする店が自分のミシュランであればいい、そんな風に思っています。

だからこそ「誰もが間違いなく美味しいと感じてくれる」と胸を張って宣言できる「Sainte-Enfant」は、実に貴重なお店ではないかと思うのです。

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茅ヶ崎市の海辺の町、柳島に想う ー記憶の色ー

2011年11月

子供の頃の記憶というものは、色が少なかったり、あるいは色がまったく無かったりします。
どうしてなんでしょう・・・不思議です。時間とともに色あせてしまうのでしょうか。まるで古いポスターが時間とともに色あせてゆくように。

私は茅ヶ崎市の南西にある海辺の町、柳島に育ちました。
そこでの記憶の景色というのは、今のように色が多い柳島の光景ではなく、平屋の家並みのくすんだトーンの連続のようなものや、野っ原の枯れかかった雑草や、一本に伸びる灰色の道路といった、そういったものです。
今のように、モダンな色とりどりの家々や、賑やかな商店の看板や、そういったキラキラとした「湘南」という感じとは異なります。私が子供の頃の時代と今は、ずいぶん変わりました。

今の子供たちが大人になった時には、彼らの思い出の景色はどうなるのでしょう。やはり私と違って、たくさんの色が記憶に留まるのでしょうか。

エバーがプロデュースする茅ヶ崎市柳島のレストラン(名称:ル・ニコ・ア・オーミナミ)が、着々と工事が進展しています。(今月はホームページに「離れ」の写真を公開させていただきました。下の記事です。)
私はオーナーである立場上、最近は足しげく柳島に通っています。そこで思い出す、子供の頃の記憶がいくつもあります。

どこか遠くで鳴る、工事の「コーン!コーン!」という音。杭打ちの音です。今は油圧で行うためあまり聞くことがなくなった、どこか懐かしい音です。レストランができる浜見平団地の周辺からは、国道134号線沿いの汚水処理場の工事車両が、遮るものなく見えていました。「コーン!コーン!」と音をたてる重機の姿が、浜見平の部屋の窓から小さく見えていました。その手前にあったのは、畑と、点在する平屋の家々、それだけでした。景色を真横に遮っていた国道134号線は、今のような堅固な幅広の道路ではなく、土を盛った上に伸ばしただけのような、いかにも田舎臭い道路でした。昭和39年、オリンピックの年にできた浜見平団地が、背が低い町並みの中に抜きん出ていました。そんな景色に当り前のように囲まれて、私は育っていきました。

今から考えると「何も無かった」町でしたが、しかし、今の柳島という町には、私は大きな可能性を感じています。
来月、12月27日(火)にはレストランの上棟式が行われます。餅まきを行いますので、近隣の皆様のお越しをお待ち申し上げております。

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一年半ぶりの完成内覧会

2011年10月

ほっとしました・・・。それが正直、本音です。
そう、10月8日(土)・9日(日)・10日(月祝)に行われた、エバーによる一年半ぶりの完成内覧会のことです。
予想をはるかに上回って、のべ100組以上の皆様にご来場いただきました。心からほっとしました。本当によかった・・・。

景気低迷、震災、津波・・・家づくりに踏み切るには逆風に包まれているような今、果たしてどれだけの方がエバーの家づくりに興味をもってくださっているのか。正直、不安もありました。
聞いた話では、大手のハウスメーカーでさえ1日の来場者がたった3組だった、などということも耳に入っていたくらいですから。
しかし、そんなことはなかった。既製品を組み合わせた工業製品のような家づくりではなく、思いをかたちにすることを願う人たちが、こんなにたくさんいるんだ、と。
ご来場いただいたたくさんのご家族の笑顔に、前向きな考え方に、私ばかりかスタッフ全員が勇気づけられました。

そして、今回の完成内覧会が今までとは異なり、土地の活かし方から家づくりを考える“エバー・プロデュース”という点でもご理解いただけたことを、大変うれしく思っています。
利益優先ではなく、あくまでもそこに住まう人の立場で家づくりを考えてきました。より広い視野に立ってものを考える姿勢に共感をいただけたことが、うれしくてなりません。
より多くの方と出会うことができ、このような機会が実に重要であると痛感しています。会社として、多忙を理由になどせず、次回は一年半などというブランクを置くことなく、開催できるようにしたいものです。

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知らない、ということ

2011年9月

時が経つのが驚くほど速い。そう思いませんか?私だけでしょうか?もう、びっくりするほど速いのです。
一週間に一度のテレビ番組が、まるで前回観たのは昨日だったような、そのくらいの時の速さを感じるのです。ひと月に一度会う関係者がいるのですが、毎回驚いています。「えー、もう一カ月経ったのか!?」と、こんな調子です。
こんな調子がこれからも続いたら、あっという間にお爺さんになってしまいそうだ。コワイです。

震災から半年が経ちました。
驚くほどたくさんの変化があったはずなのに、あっという間だったような気がします。半年も経ったような気がしないでいます。しかし、確実に時は経っているのですね。さまざまな情報が私の耳にも入ってきましたから。テレビや新聞で流すことができるものは、テレビや新聞を通じて。
しかし、真実というものはそれだけではありません。テレビや新聞では都合のよくない情報もあって、そういうものも含めて、全てがひとまとまりになって、「真実」です。真実は、時としてその人の将来を変えてしまうほどの衝撃を与えてしまったり、時には人に深い傷を与えてしまいます。
知らなくて済む、ということも、ある意味では大切なことなのかもしりません。

しかし、知らない、ということは、自己防衛する上では大きなマイナスです。「知らなかった、では済まされない」という慣用句があるように、一定の責任や地位を持ち始めた人間にとっては、あらゆることは知っていなければならなくなってきます。
責任が大きくなった人間ほど、真実はすべて把握していた方がよいということになっていきます。知らないでいるということは、落とし穴の気配を感じずに野放図に社会を歩くことに等しくなってきます。
若いうちは、いろいろなことを知らなくて当然だし、それでいい。けれども、いつかそうでなくなってくる時がやってきます。そういった知識や経験の差異があるから、社会というものは、上下や左右がありつつも、成り立っているのかもしれませんね。

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真相を知る/意見を疑う

2011年8月

私たちには物の表面が見えます。中身は目で見えません。透視の超能力があれば別ですが、中身はまず見えません。当たり前の話です。

じゃあ、見たかったらどうすればいいか?割ってみればいいのです。割ってみれば「ああ、中身も表面と一緒だった。よかった。」と知ることができたり、「なんだ、表面と全然違うじゃないか。」と知ることができたりします。そうだ、西瓜だったら叩いて音を聞く、という手もありました。

物であれば、それで中身を知ることができます。しかし、事の真理というものは、割ってわかるというものではありません。情報は、表面を眺めながら想像をするしかないのです。新聞やテレビ、人の意見・・・しかし、これがなかなか怪しい。データはないよりあった方が良でしょう、けれどその全てが間違っているということもあります(最近はとくに多いような気がします)。情報収集なんて、西瓜の音を聞くよりもはるかに信用できないことのようです。「みんながそう言っているのだから、きっとそういうことだろう。」こういうのが本当に恐い。

なんでそのようなことを申し上げているかというと・・・最近の、アメリカ経済のデフォルト(債務不履行)について、です。「みんながそう言っている」の実に典型的な例でした。どの新聞やテレビを見ても「世界的な経済破綻の危機!」「恐慌の始まり!」とその恐ろしさを伝えていましたが、お金の構造を少し知っている人なら「デフォルトするわけないでしょ。」とたかをくくっていたはずです。だって、たとえて見れば簡単なこと。“巨大企業アメリカ株式会社が、中国株式会社や日本株式会社からお金を借りて事業を展開していました。その事業ローンの返済期限が迫っていますが、今は返済することができません。”だからといって世界一の巨大企業が、債務不履行なんていう手を使って計画倒産なんぞ画策するでしょうか?債券も信用も紙切れにした文無しのアメリカさんとなり、ゼロからやり直すのでしょうか?

借金とは、少額なほど借りた人を苦しめ、途方もない大金ほど借りた人を保護する、そんなようなものです。ましてや、借りてるアメリカさんという人は、めっぽうケンカに強かったりします。身近にもいますね、そういうキャラの方達。誰だとは言えませんがね(笑)。
真相を知ることは大切なことです。もちろん仕事の上でも。「本当にそうなのか?本当にそれでいいのか?」と自分や相手の意見を疑うことは、ステップとして必ず必要に思います。そこから仕事は一段上がるのです。二回思えば二段上がります。三回思えば、もっと限りなく正解に近づきます。

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エバーができること ー電気の無駄をしない習慣づくりー

2011年7月

震災があってから、私たちには素晴らしい習慣ができました。
それは、無駄な電気を使わないようにする、という日々の習慣です。いない部屋の照明は消します。みていないテレビは消します。皆が自然に行っていることです。努力をしているわけでなく、気がついたら誰もがそうしています。そして、その行いは電気だけではありません。出しっぱなしだった洗面所の水をこまめに止めるようになった、という人もたくさんいます。誰かからそうしろと言われたわけでもないのに、あって当たり前だと思っていたもののありがたみを、心底から感じるようになったわけです。本当に素晴らしいことです。

自然に行えていることに、我慢は起きません。
しかし、問題はこれからの季節、夏です。節電しなさい、とあちこちから言われます。今までの、あなたが自然に行ってきた習慣、それだけではダメなんです!もっと電気を使わないようにしてください!とそこらじゅうから言われます。そうしないと停電するんですよ!他人に迷惑をかけてしまうんですよ!と、軽く脅迫めいたニュアンスまで入ってきます。ただでさえ暑いのに、余計に暑苦しくなります。しかも、ここには論理のすりかえがあります。

「電気を大量に消費し過ぎて停電にでもなったら、それは国民であるひとりひとりの努力が足りないせいだ」と思わされてしまいますが、これは間違いです。
今までさんざん電気を使え使えと言ってきたくせに、手のひらを返したように、使うな我慢してくれと勝手なことをいう電力会社や国のせいです。

この際ですから、我慢できるうちは我慢しましょう。でも、我慢の限度を超えるのはよしましょう。赤ちゃんのいるご家庭、お年寄りのいるご家庭、電力をセーブしたくてもなかなかできない事情を持ったご家庭。全ての家が右へならえで同じ我慢をしたら、か弱い者ほど病に倒れてしまいます。

節電ができる側としての義務、というより、電気の無駄をしない習慣づくり、という立場で、エバーではできることを行っています。
たとえば常時空調温度を低めにセーブしたり、電球はすべてLEDを使用したり、必要がない場所の電球は取り外してしまったりもしています。
そこで大切なのは、やり過ぎないことです。仕事の能率が落ちるとか、やる気が失せるとか、そこまでやり過ぎると、エバーという小さな社会の経済効率が下がるからです。もちろん、お客様が打合せなどでいらっしゃる時は、涼しく快適な室温でお迎えしようと努力しています。お客様の「ああ!エバーは快適だなあ!」という笑顔もまた、我々の経済効率を上げてくれるものなので。

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今、この時に想う疑問と覚悟

2011年6月

一つ。
やるべきことを後回しにして、増税の議論が先行している。私は一概に増税には反対していない。しかし、それはばらまき3K等の問題も含めて、復興の足かせとなる過去の政策にけじめをつけてからの話。「日本の、東北の、復興のために」と綺麗事を並べて増税を国民に強いるのは、ひどい矛盾ではないか?

一つ。
被災者住宅を高台に移す計画に際し、国が定めた補助金は一戸当たりわずか1650万円だという。山を切り崩し、土地をならし、道路を作り、インフラを整備して、いったい幾らかかると思っているのか。まったく現実的ではない数字である。また、移転は住民全員の同意があって初めて成立する。そんな全員一致で採決できる町なんてあるのか?あらゆる面で現実的でない。いつ被災者に心の平穏は訪れる?

一つ。
放射線の暫定基準値とは、なぜ「暫定」などとあやふやなのか。それは過去に参考になるデータがないからだ。このくらいの放射線を浴びれば何パーセントの確率で人体にどのような具体的悪影響がおよぶのか、誰もわからないからだ。将来に誰ひとり責任をとることができないのが実情なのに、どうして「ここまでなら大丈夫」と無責任なことが言える?「そんなこと私にはわからない!わからないのだからこうすべき!」と真向から筋を通す、気概のある政治家はいない?

一つ。
弱者は一刻も早く守られなければならない。それなのに、我々が託したお金はなぜいまだに止まっている?人を助けることはお金を渡すことだけではない。魚の釣り方だって教えてあげる、そこまで考えてこその救済である。それなのに、なぜまだそんなところでこの国はつまづいている?弱者でなく、怠け者の言い分ばかりを守ってどうする?

一つ。
茅ヶ崎の話。今年の浜降祭は、東北のことを考慮し、甚句や鈴鳴らしを自粛し、なるべく静かに行うのであるという。そもそも祭りとは何だ?実りに感謝し、災い無かれと祈る、それが祭りであろう?意気揚々とし、未来を活気づけ、発展へとつなげるものである。それをどうして東北を考慮する?第一、東北の人がこれを聞いたら、むしろ申し訳ないと思うのではないか?

今の世の中、全ての意見をおさまりよく結論づけることは至難の業です。
しかし、雑多な意見をそのままにしてしまうから、何もかもが本筋がぼやけ、おかしな結論に着地します。必要なのは、自らが泥をかぶって前に進むような、リーダーの存在です。
覚悟を決めた人であれば、きっと、我々はついて行くと思うのです。

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ユッケ食中毒事件から浮かび上がる課題

2011年5月

今回のユッケ食中毒事件で、私は初めて、牛肉に生食用がないことを知りました。同様に知らなかった人は多いのではないでしょうか。とても驚きました。生食用は存在しない、なのに私はこれまで何度もユッケを食べてきた。疑いもせず、大丈夫なものだと信じてきました。幸い私の場合は、ユッケ等の生は馴染みの店でしか頼まないのでさして不安はありませんでしたが、今回の一件であの店に心当たりのある方は、さぞや冷や汗をかかれたことでしょう。

料理には見極めや手間ひまが不可欠です。ましてや鮮度が命の生ものであれば、素材の扱いを熟知していなければ話になりません。味を預かるということは、生ものの場合、すなわち客の命まで預かります。誰もが務まるわけではありません。

生の肉を扱うのです、ユッケにしても、出す側には客の命を預かる覚悟が必要だったのでした。しかし残念ながらそれはなかったし、私たちもまた大丈夫とたかをくくっていました。これからは、焼肉屋にも二通りがあることを自覚しないといけません。一つは、生ものを正く扱える料理人のいる店と、もう一つは、生ものは頼んではいけない、命を預けてはいけない店です。

おそらく大半の焼肉店が、生ものを正く扱える料理人のいる店だったのだと思います。それを今回の不祥事が台無しにしてしまいました。企画に頼り「290円」などという金額を打ち出したものの、蓋をあければコストカットしたのはあろうことか衛生管理でした。
これは私見ですが、焼肉店に関わらず、どこの業界においても、企画に依存しがちな営業出身の経営者というのは、まあ、ろくなことを考えませんな。※注・・・中にはまともな社長さんもいますが。

覚えていらっしゃるでしょうか、数年前にありました、建築業界における耐震偽装問題というのが。
あの時もやはり、一部の心ない同業者の私利私欲が、業界全体の信頼を失墜させました。そしてあげくの果てが法規制です。国は責任を取りたくはないので、何かことが起きると法を規制します。
しっかりやってきた大半の人間にとっては、余計な手続きが増えるばかりで、いいことなどありはしません。今回の一件も、日本の生食文化全体を規制するような、真摯に仕事をしてきた人間の足かせになるような、そういったセンスのない結末にはしてほしくないと思っています。

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朝飛道場の完成祝賀会でのひととき

2011年4月

先日、朝飛道場の完成祝賀会に招かれ、行ってまいりました。
いやもう、来賓の皆様たるや、そうそうたる顔ぶれです。「あ、あれは現役時代のその圧倒的な強さから“史上最強の柔道家”と称される、ロス五輪金メダリスト、山下泰裕さん! 柔道の神様!あ、あちらはロス五輪・ソウル五輪の頂点、斉藤仁さん!数ある世界大会で頂点でありつつ常に山下さんの壁があり、ついに天皇杯で日本一になった時“今までエベレストに登りましたが初めて富士山に登れました”という名言を残した斉藤さん。感動したよなあ!」などと、私はすっかりテレビにかじりついて試合を観ていた頃の自分に戻ってしまいました。そしてもちろん、この男もいます。バルセロナの銀メダリストにして現在は飛ぶ鳥を落とす勢いの小川道場、その道場長・小川直也さん!3人が揃って談笑している光景など、滅多に拝めるものではありません。「すごい・・・」一介の建築屋である私は、ただただ唖然とするばかりでした。そしてまた、あらためて朝飛先生の御人徳を感じた次第です。まったく私ときたら分不相応です。参りました。

さて、そろそろ宴もたけなわを過ぎ、そろそろ失礼した方がいいかな、と思いました。私と小川さんは同じ茅ヶ崎方面に帰るということで、失礼ながらひと足はやく退席させていただくことになったのですが・・・
その後、朝飛先生がしつこく私を探していたということを後日お聞きしました。何故かというと「素晴らしいこの道場をつくってくれたエバーさん、その代表である猪狩社長が来ているので、ぜひ壇上でご挨拶をお願いしたかった」というのです。

じょ、冗談じゃない・・・失礼、冗談はよしてくださいよ朝飛先生。子供の頃からの憧れの方々や、今日の柔道界を支えるお歴々を前に、私ごときが壇上でものなど申せるわけがないでしょう。そんなことになったら、恥だけかいてそそくさと壇を後にするのがせいぜいです。よかった、恥、かかなくて・・・。

私、恥をかくのは人一倍嫌いなのです。ひょっとしたら、私の仕事の原動力も、そこなのかもしれない、なんて思います。恥をかきたくないから勉強をする。恥をかきたくないから手を抜かない。恥をかきたくないから前進する。恥をかきたくないから・・・

長として人をまとめるには、相反する要素が必要であるとよく言われます。それは“自信”と“不安”、両極端で紙一重の心境です。考えてみるに私もそのようです。自信はある、けれどいつも不安で仕方がありません。安心しても、すぐに次の不安がやってくる、その繰り返しの日々です。けっこう疲れる性格なのです。そんなに疲れるのなら、何事も不安に思わず堂々と生きればいい、とお思いになるかもしれません。しかし、それができません。だって、恥をかいたら大変じゃないですか。

自分の器を超えた、分不相応なことは、スルスル~っと避けて生きていく。それが私の、正しい生き方なのです。
そうでないと、まったく、身がもちません。

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未曾有の大震災 ー2011年3月11日ー

2011年3月

ひどく胸が痛みます。

まるで作られた映画のような。

どこかの遠くの国の出来事のような。

けれどそれはすぐ近くの場所で起こった現実です。

私たちは知っておかなければならないことがあります。

自然の猛威は終わっても

人々の悲しみはいま始まったばかりということです。

どのようなかたちでこれから支え合っていけばいいのか、

私たちは自由に考えていくことができます。

大切なことは、考えることだと思います。

忘れないことだと思います。

このたびの東北地方太平洋沖地震により、

被害を受けられた皆様に、

心からお見舞い申し上げます。

また、近隣の皆様におかれましては、

これからも余震が続きますが、風評被害に惑うことなく、

落ち着いた行動をとってくださいますよう、お願い申し上げます。

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魅力的な街づくりを考える

2011年2月

あなたの好きな街はどこですか?住んでみたい街はどこですか?都心では、圧倒的な人気で吉祥寺が第一位でした(東京ウォーカー調査)。続いて2位が自由が丘、3位が下北沢、という結果になったそうです。

吉祥寺か、なるほど、と頷けるものがありますね。
吉祥寺はとくに商店街の構造が魅力的です。いくつもの商店街が東西南北に交差して、ひとつの一大商店街を形成しています。入りたい人は東西南北のどこからでも入ることができ、トレンドに敏感な 最先端のショップもあれば、昔ながらの変わらない庶民的な店もある。無理やり文化の方向性を定めているのでなく、その人その人の好みで、その時々の気分で、好ましいものが必ずある。導線の構造は大きな商店街を取り巻くように駐車場が充実しています。中心部は歩く人が主役です。商店街を歩くことの安全が保障されています。とくに高齢者にとって、これは安心できる環境です。

商店街の話しで、もう一つ。
先日、神奈川県を代表する柔道場、横浜市神奈川区の朝飛道場がエバーの建築設計により、ついに完成しました。
朝飛道場の近くには、有名な六角橋商店街があります。シャッター商店街が日本全国で蔓延するほど商店街の存在が危ぶまれる中、この六角橋商店街は神奈川県で最も活気のある商店街です。昭和のおもかげを残す町並に、浜っ子の元気な呼び声が響くこの商店街。その活気は、生まれながらにして育った場所だから消えて欲しくない、という感傷的なものではありません。商圏として成功させようという前向きな意気込みで成り立っています。その証拠にマクドナルドもあればドトールコーヒーもあります。大手が採算を見越して出店しているわけです。立派な、商店街という商圏として育てています。
少々乱暴かもしれませんが、私はこう思いました。「いい商店街には、マクドナルドがある」

街の観察というのは、部外者の方がやはりよく見えるのでしょうか。
私は生まれも育ちも茅ヶ崎ですが、この茅ヶ崎の街の魅力というのが、とてもぼんやりとしているんです。「海・・・あと何かあったっけ?」的な感じですかね(笑)。ここに住む人には、住む人なりの、茅ヶ崎の魅力というのはあるのでしょう。私にもあります。
しかし、先の商店街のように、外の人々をウエルカムするようなサービスやシステムというのはあまりありませんね。これではなかなか外貨を獲得できません。もっとも潤う街にするためのサービスやシステムを、みんなで考えることが必要に思えます。

たとえば、こんなのはどうでしょう?行政がつくる安い駐輪場のように、誰でもが利用できる安いサーフボード置き場を計画する、なんていうのは?サーフショップの管理料って意外に高いのだと聞きました。より多くの県外サーファーにも来てもらって、内需拡大を計りましょうよ。

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新年だからこそ「あらためて考える危機感」

2011年1月

皆様、あけましておめでとうございます。本年もエバーグリーンホームを何とぞ宜しくお願い申し上げます。

と、続けて何かおめでたい話でも、と思っていましたが、のっけからちょっと重い話になります。おつきあい願えればと幸いです。

年明けから、私は社内でスタッフを諭してばかりいます。ちょっとしたスタッフの甘さを発見するにつけ、その人間を諭さずにはいられません。大人げなく大きな声を出してしまうこともあります。他のスタッフの面前で私に諭される人間はたまったものではないでしょう。よくわかっています。しかし、それが私の仕事でもあるのだから仕方がありません。自分でもわかるのですが、社内で私は年明けからキリキリと近寄りがたい雰囲気をもった人間になっています。心は痛いですが、私がやらねばならないことです。

今、私の心中に底知れない危機感があるのです。それは全く同じものではないにしても、エバーの歴史の中に幾度となくあった危機感と、どこかが同じ類のものです。業績やお客様の信頼は頂戴しています。
しかしそれは今や頂戴して当たり前のことで、だったらそれでいいじゃないか、ということではないのです。それなのに、少なからず、だったらそれでいいじゃないか、という安堵の風が吹いていることが気が気でなりません。追い風は船を楽にします。しかし緊張はといてはいけません。

人間というものは、欲の張った生き物です。私も同じです。有能なスタッフが10のことができるのなら、次はその10の質を上げることを望みます。そして次はそれを15にすることを求めます。エバーのスタッフは毎年毎年、より多くの方に期待され続けています。会社全体のレベルが上がり続けています。自ずとスタッフのレベルは上がり続けないといけません。「これでいいんだ」と思ってしまったら、現状維持どころかレベルダウンするのです。

私は、進歩し続ける人間が好きです。自分もまだまだそういった人間でありたいと努力しています。仕事に甘さを持たず、昨日より今日、今日より明日、お客様のためにいい家を提供するための工夫や努力をし続け、そして最後には満足し笑いながらお客様やスタッフといい酒を飲みたい、そう願っています。満足にゴールなどありません。

充分に、充分過ぎるほどに、考えていることと思う。しかし、そこであえて苦言を呈します。小さなひとつひとつの仕事に対して、自らに問うて欲しい。何故そうするのか?確かな理由があるか?ほかに検討できる対策はないのか?自信があるか?

君がそれをすることで、君は今が10でも必ず15できる人間になれる。君は、流されることもなく、言い訳も必要としない、強い人間になれる。いい家は、きっと、強い人間にしか作れない。

エバーのスタッフ各位。
気を引き締めよう。
いい家を作り続けよう。

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