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President,s Column | エバー代表のコラム

President's Column | エバーグリーンホーム代表・猪狩裕一の思いをお伝えします。

年別アーカイブ:2019年

良い家は、どうして良いのだろう。

2019年8月

すごかったですね。もちろん渋野日向子選手です。42年ぶりの全英女子オープン優勝!何なのでしょう、あのメンタルの強さは。若干20歳ですよ。

こんな私でさえ、仕事のことで眠れない日々が続くことがあります。結論が出せずに悶々とすることがあります。そんな私と同じような人は世界中に大勢いるのでしょう。しかし、そんなこととはスケールが違います。違い過ぎます。

プレー中も笑顔。移動中も笑顔。驚きました。そしてオーディエンスとハイタッチ。やっぱり笑顔です。すごい子が現れたものです。

ただ、ある場面で私は少し心配になりました。ファンサービスは素晴らしいことです。しかしハイタッチはどうなのかな?と。

何かのきっかけで強いファンの握力に負けてしまうかもしれません。ゴルファーにとって手や指は宝物です。取り越し苦労であっても、ハイタッチで何か手や指のコンディションを落としてしまったら、怪我でもしようものなら、どうするんだ?と思いました。ああいうすごい子だから、そんなことは気にせず、ハイタッチなんかしながら気持ちよくラウンドすることで調子を上げてゆくのでしょう。だけど、私としてはちょっと心配です。

それは彼女を観るための気持ちのよい観方とはちょっと違うのかもしれません。私は何かにつけてよくそういうものの観方をします。しなくてもいいなら、ハイタッチはしない方がいい、と。もっと別のかたちでファンサービスをしたら、それでいいと思います。

私はよく考えすぎて眠れない日が続く、と申し上げましたが、私のものの考え方自体が、渋野選手のハイタッチに対する考え方と同じように、真正面だけでなく、側面や、ある時は背面からも観察するような性格を持っているからだと自覚しています。多方面から分析する癖があるから、余計に何が正解かが結論づけしにくくなっているのだと思います。

そのような性格は、当然、生きていて辛い面が多くあるのですが、またその逆の「よかったなあ」と感じる面というものもあります。

たとえば、良い家に出会った時です。どうしてこの家を良いと思ったのだろう、と掘り下げます。見た目だけのイメージだけを吸収して、自分なりの肥やしにするのも良いと思います。ただ、私の場合はそれだけでは我慢ができず、家の具体的なつくりについて細部まで徹底的に観察します。良いと思ったのはなぜか?それが知りたくて仕方がないから、一生懸命に具体化する習慣があります。時には会ったことのない職人やお施主様の人となりなんかも想像しながら。真正面から、側面から、真後ろから、俯瞰して…いろいろな角度から。

考えて考えて考えて、「は!そういうことか!」となった時、とても爽快な気分です。

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しなくてもいい、でもしたほうがいい、大切なこと。

2019年7月

仕事とは、気づきであると思い、そのことをエバーでは実践しています。相手を思うこと、です。相手とはお施主様のことです。その相手に、いい思いををしていただくにはどのような気づきが必要か。それは、家づくりのマニュアルのようなものには載っていません。

たとえば、今どきの梅雨は雨の日が続きます。現場の素材は少なからず湿気を帯びます。家は、基礎の上に木材で土台を組み、その木の土台に縦に何本もの柱を組みます。なので、土台にはいくつもの柱を組ませるための溝を掘ります。

溝ですから、雨が降ったらそこに水が溜まります。その後でそこに柱となる木を埋めていくのですが、たいていは、水が溜まっていても気にせずにそこに柱を埋めます(下の画像A)。水がいっぱいになった溝に柱を入れ込んだところで、そこから家が腐っていくわけではないので、おそらくそうしていくか、それが気になる現場監督であれば、そこに溜まった水を吸い取ってから柱を入れる、くらいのことはするでしょう。

しかしエバーではそれがどうも嫌なのです。なので、溝の全てに防水用のテープを貼って、柱を入れる時まで雨水が入らないようにしています(下の画像B)。それをしたからといって家の強度が増すのかというと、別にそういうわけではありません。しかし、雨水で満たされた溝にずぶずぶと柱を入れるよりも、こういう些細なひと工夫を加えた方が、つくっている家を大切にしているということだと思います。別にお施主様に見せるものではなくても、そういうことをした方がいい、と思うことを、たくさん気づくようにして、気づいたら行動に移す、それをすべきと思っています。いや、むしろお施主様には見えないところ、家ができてからでは隠れてしまう場所の知恵を、しっかりやる、ということが、最も重要なことであるとエバーでは考えています。

何かをつくるということにおいて最低限守るべきことは、正しいつくり方でつくる、ということなのは言うまでもありません。そして、気づき、行儀、作法、そういったことは、必須ではありません。しかし、そのような「必ずしもやらなくてもいいこと」の中に、大切なことや大切な気持ちがあります。

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エバーグリーンホームとその関連会社。

2019年6月

エバーグリーンホームはグループとして連動しています。不動産関連の「アルバハウジング」「ユニテ」、フレンチレストラン「ル・ニコ・ア・オーミナミ」、近く開店する鎌倉のフレンチ「フィエルテ」など。それぞれが今まで多くの皆様にご愛顧をいただいております。

エバーグリーンホームがグループとして手広い感覚、つまり建築設計施工だけでない多彩な事業感があるように思われる方もいらっしゃると思います。しかし、それはちょっと違います。エバーグリーンホームグループは、グループ企業は複数あれど、その核となっているのはあくまでもここエバーグリーンホームです。グループ各社の行いはどれもエバーグリーンホームに帰結しており、そしてエバーグリーンホームの本業は揺らぐことなく「家づくり」です。

グループとして体をなしているのには、現実的な解決策です。たとえば、わかりやすいところで言えば、グローバル企業はどこかのグループに属することでそのブランドクオリティーを維持できています。ルイヴィトン然り、シャンパンのモエ然り、車のアウディ然り、列挙したらきりがありません。単独でやれているのはフェラーリくらいしかないんじゃないの?なんて思えるくらいです。それぞれがブランドクオリティーを維持していくために、今やグループに属することで資金の安定性を得ることは仕方のないことなのかもしれません。

スケールは異なりますが、エバーだって同じです。核であるエバーグリーンホームは、家をつくること、つまり労働力を売ることで利益を得ています。100万円の労働力を120万円で売ることはできますが、150万円では高過ぎるので売ることはできません。また、場合によっては120万円で売る仕事に120万円の労働力がかかってしまうこともよくあります。その時、売り上げは実質ゼロです。マイナスの時だってあります。常にキツキツの状態でやっている中、労働力を育てるための教育も必要だし、コストを度外視してこだわりを実現することだって必要です。そうした中でエバーグリーンホームが常にこだわりを持って良い家、良い労働力を供給していくためには、グループを保有し、資金の安定性を得ることが大切です。つまり、グループ会社であれば、投資をダイレクトに労働力にフィードバックさせて補填することができます。たとえばアルバハウジング経由で土地に投資した利益というものを元手に、エバーグリーンホームが家づくりへのこだわりを安定して発揮できる、という土台ができます。収益ビルをつくり、家賃収入を得ることも同じです。そうすることで、エバーグリーンホームは利益優先の財布勘定で妥協した家をつくるなどとという災難から逃れることができています。

もちろん、飲食業は最高の飲食と非日常の時間というものを提供することが最優先です。しかしそれと同時に、訪れたお客様がその建物にも興味を持っていただき、頭のかたすみにエバーグリーンホームの家づくりというイメージを持ち帰っていただけたなら、建物はエバーグリーンホームの広告塔として機能してくれたということになります。それがエバーグリーンホームをグループ化している狙いなのです。

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つねにお施主様ファーストでいるために。

2019年5月

10連休の間、電話番と何か起きた時のための待機として、経理と交代で出社していました。会社は休みであっても現場は動いています。何もアクシデントがなく、電話番も幸いなことに暇でした。元号も新たになったし、会社も25期を迎えたし、おかげで先々のことも含めていろいろと考えることができました。

以前にも書きましたが、契約はますます欧米化し、たくさんの書面が必要になってきています。オナリエバーの着工にあたっては、エレベーターの取り付け一つをとっても業者さんから膨大な書面が届けられたことを思い出し、あらためてそれを手に取ってみました。「労務報告書」というものです。立ち入る人物のリストや、その個々の資格の複写、搬入する際のトラックの位置や搬入経路、エレベーターの各部品の製品スペックなどなど、事細かな決め事が記されています。ファイルは3冊あり、どれも適度な厚みがあります。全ての工程やルールがこの「労務報告書」に乗っ取って行われます。これをつくるだけでも膨大な労力がかかるものですが、業者さんはそれをうちだけでなく全ての案件でつくっているわけです。相当な時間を消費すると思います。

エレベーター一つでこうなので、オナリエバーのレベルの商業ビルでも、さまざまな業者さんが提出する書面をまとめると膨大になります。何かあった時にトラブルの回避や責任の所在を明確にする上で役立つものですが、正直、ここまでやる必要があるか?とも思ってしまいます。しかし、こういう時代なのだからさまざまな面倒な手続きというものは、面倒であっても不可欠なのだろう、とも思います。

時代の移り変わりとともに、エバーのスタッフも時代に合わせて潮流がありました。お施主様と同じ目線に立って並走していくことが主流だった時代もありました。そのような時代では、何か書面をつくってたくさんの約束事を事前に準備するというより、日々の切磋琢磨やトライアンドエラーが最終的にお施主様のビジョンに結実していきました。しかし今はエバーのハウスビルドの哲学も異なります。お施主様ファーストであることには変わりありませんが、その望まれる在り方次第では事前のしっかりとした取り交わしや書面上の手続き(時には膨大な)が必要に迫られていきます。そのことに時間を割くことは大変なことだし、クリエイティブでありたい我々にとっては面倒くさいことであったりもします。

しかし、そこはものは考え様です。面倒くさいこととは、今までの自分たちの仕事とは畑違いであるということで、それをやることで違ったものの見方を学べるということになります。大手はそういった面倒くさいことをきちんとやります。そうすることでお施主様の信頼を得ています。ここまできっちりとしているのか、さすが大手だ、という綿密さが大手たる所以でもあります。そのことを学び、実践していけることは大きなことです。

そしてもう一つ、これからに必要なことというのは、作法の原点のようなものだと思っています。前回のコラムにも通じると思いますが、お施主様の方向を見ること、お施主様のためにできることを当たり前にできていること、それが詰まるところ大事です。あまり聞かないことのようですが、エバーでは社長である私が現場を常に巡回し、現場の不行き届きがないようチェックをしたり、不足があったなら現場スタッフにアドバイスをしています。そのことは表向きにはお施主様の目に触れないことが多いと思います。しかしそれは間違いなく結果としての「家」に表わされてきます。私がつねに行っているお施主様ファーストの行いの一つです。

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マニュアルよりはるかに大事なこと。

2019年4月

常識では考えられないことがあります。UFOとかオバケのような超常現象ではありません。ごく日常にありました。「信じられない」と口に出てしまいます。

カフェレストランでのことです。そのカフェレストランはチェーン店で、以前に行ったことがありました。店内は落ち着いていて、その時は接客もそつがなく、よかったと記憶しています。

先日、私が以前に行ったそのカフェレストランチェーンの別のところにある店に、子供を連れて入りました。以前に入った店は繁盛していたのですが、どういうわけか今回入った店はとても空いていて、待つこともなくすっと入ることができました。男性のスタッフ(あとでわかったのですが店長)が、「あ、どうぞお好きな席に…」と言いました。私は、どうもその時の素っ気ない対応ぶりから引っかかりがありました。そして食べ物や飲み物が出てきて、時間が経ち、子供の水がなくなりました。子供のために水をもらいたかったのですが、時間が経っても水を入れに来てくれることがなく、当のスタッフは何をしていたかというと、ずっと店の奥で別のスタッフとおしゃべりをしているのが聞こえていました。客のいない暇な店内で、私たちの席の水がなくなったことくらいすぐにわかる状況で、店内を巡回して水がなくなった子供のコップに気をつかうこともせず、客に聞こえるような音量で無神経におしゃべりをしたり笑い声を出していました。

帰ろうと思い、レジに行きました。レジはまたしても同じ男(店長)です。「3,850円です」と言われ、料金を出すまでの間、彼は透明なビニール袋にお菓子らしきものを詰めていました。手を休める気配がないので、「ああ、これは子供連れの来店客に対してのプレゼントなのだろう」と思いました。だって会計をしている客の前でその手を休めないからです。「はい」と私が料金を出すと、「あ、はい…」とようやくその手を止め、そのお菓子の袋をかたわらに置きました。そのお菓子は、子供連れの来店客へのプレゼントではなく、ただの販売用のお菓子でした。私が料金を払うまでにその男がしていたことは、販売用のお菓子詰めだったのです。私はあっけに取られました。

申し上げたように、そのカフェレストランチェーンはふつうに人気がある店です。なのに、今回行ったその店は客が居ついていませんでした。来店してその理由がはっきりわかりました。万事が万事こんな態度では、誰もリピートなんてしないでしょう。カフェレストランチェーンだから客対応のベーシックなマニュアルは必ずあるのだと思います。それなのにこのような差ができてしまうのは、そこを運営する店長の人間力の低さです。

別のある居酒屋では、注文を取っている時に女性店員が私たちの目の前でスマホをいじり出しました。私たちは「ああ、この店ではスマホみたいな端末で客のオーダーを入れているんだな」とその時に思いました。しかしそれは間違いでした。その店員はただスマホで友人にメールか何かをしていただけでした。オーダーをしようとしている私たちの目の前で、です。その後で再びその店員を見たら、やっぱり店の一角でスマホをいじっていました。あきれるばかりです。

どちらの店でも、スタッフへの教育というものはあるはずです。彼らは、それは守っているのかもしれません。しかし、マニュアルに書かれていない、人としてやってはいけないことというのを知らないのですね。マニュアル以前の問題です。

マニュアルを覚えるよりも、人としてやってはいけないことを知り、それを絶対にしないことの方が、はるかに重要なことです。社会の一員として持っていなければならない作法、その最たるものは「お行儀」のようなものです。

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アンチエイジングでなく、本物の若返りを。

2019年3月

新たな期を迎えるにあたり、これまでのエバーの、それは言わば私自身の、ということになりますが、足跡を振り返ります。

創業は四半世紀近く若かった頃です。自分ひとりから始まり、そしてだんだんとスタッフが増えていきました。その頃、スタッフは誰もが若かったです。そして、そんな自分たちからみて、お客様であるお施主様はほぼ年上の方々でした。

その頃のエバーは若々しい血気にあふれていて、そんな若者の血気をお施主様は可愛らしく思い、支えてくださっていたと思います。若いゆえの未熟な部分があったとしても、それを微笑ましく包み込んでくれるお施主様側の包容力があったから成り立っていたはずです。経験数は少なくても若くて活発で親身な会社、という魅力で、経験豊富な年上のお施主様に愛されてきた側面があり、そのことでエバーは上手くまわっていました。それはそれでよかったのだと思います。そして、同年代のお施主様であったら、お施主様は身構えることなく、対等の立場でいろいろなご要望を口にできたことでしょう。「こんなことを言ったら馬鹿にされるんじゃないか」なんて、相手が同年代なら心配せずに済むからです。

そして今に時計の針を戻してみると、気がつけば私はアラフィフです。昔いっしょにがんばっていたスタッフも同じスピードで歳をとりました。ずっと一緒にやってきた人間も、いつしか最前線から遠ざかり、やがて完全にリタイアするスタッフもいます。そして、お施主様は大半が年下の若い皆様ばかりになりました。私を含めスタッフとお施主様の年齢層が、エバー創成期とは逆転しました。

かつてのエバーは、若いお施主様がいらっしゃった時、私を含めてスタッフは同年代のような存在だったから、お相手のお施主様は言いたいことが言えたと思います。言いたいことが言える、って、とても大事です。では今はどうか?若いお施主様の前にだいぶ年上の創業者が挨拶に来るのって、どうなんだろう?と考えます。柔軟におもてなしをしたとしても、「ずいぶん年上の、しかも社長」というだけで、言いたいことが言えるでしょうかね?友達のような年齢の人間に比べたら、そりゃ言えないと思います。言えたところで聞き入れてくれないんじゃないか、なんせ向こうは何年も家をつくってきた大先輩だし、素人の浅はかさをさらけ出すだけだ、なんて思うかもしれません。こちらがそんなことはまるで思っていなくても、年齢の違いというのはそういうものです。

企業に若返りが必要というのは、厳然と世の中が若返っていくからです。自分だけがいつまでも若いと思っていても、周囲はどんどん歳の差が膨らんでいくのは仕方のないことです。世の中の若返りに対応するためには、企業は若い人をどんどんと採用し、企業として若さを維持していかなくてはなりません。

エバーにとって、若返りは喫緊の課題です。お施主様が言いたいことが言える、そんな風通しのよいエバーとして保ち続けるために。

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仕事を奪うのは人間。それを救うのも人間。

2019年2月

ワールドカップで日本のサポーターが試合後にごみを拾うのを見て、海外では「さすが日本人は民度が高い」「素晴らしい国民性だ」と話題になりました。しかしその一方で、「スタジアムの掃除の仕事を奪う行為だ」と揶揄する人もいました。それはどちらも正しくて、日本人のそれは本当に良い行いだと思いますが、いざ実際に世界中のサポーターが試合後にごみ拾いを始めたら、掃除人の仕事はなくなってしまいます。雇用の喪失です。立場によってはして欲しくない行為に思えます。面白いですね。

そんな風にして、世界というのは、腑に落ちない人間の行いの数々によって雇用が守られている、とも言えます。コンビニの弁当は一定時間が過ぎると廃棄されるという非常にもったいないサイクルで動いています。だからといってそのサイクルを断ち切ってしまうと、多くのお弁当の生産者が職を失います。人間は、職を失ったからといって何もしないでいいという生き物ではありません。健康であれば働く義務があるのですから、何か新しい仕事に就かないといけません。腑に落ちない人間の行いを断ち切るのは人間ですが、そのことで職を失った人間の受け皿を考えなければならないのも、また人間です。

技術の進歩でどんどん既存の職が失われていきます。かつては駅に切符切りの鉄道職員さんがいましたが、自動改札の普及で今や皆無です。今はまだスーパーにレジのお姉さんがいますが、セルフレジは間違いなく彼女たちの存在を消滅させます。切符切りの鉄道職員さんがどこかで異なる仕事に勤しんでいるように、レジのお姉さんもいつか異なる仕事に勤しむのでしょう。ロボットがどんどん人間の仕事を減らしているのではなく、減らしているのは人間です。そしてそのことであぶれた人々を違う職場に動かすのも人間です。そうやって時代は繰り返されていきます。

怖いのは、その行く末が二極化の方向に向かってしまうことだと思います。つまり、人間の労働は、どんどん、管理する側と単純労働をする側の二方向に分かれていってしまうことです。それは察するに、勝ち組か負け組かみたいなことかもしれません。期待したいのは、その入れ替えがあるかどうかです。勝ち組はいつまでも勝ち組であるわけではなく、負け組はいつまでも負け組でない、緊張と希望のどちらもある社会になっていければいいのではないかと思います。

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本来の自分であり続ける日々へ。

2019年1月

暮れから正月にかけて、昨年一年間の自分自身がどうであったかを振り返ってみました。反省すべき点があります。それは、他人任せの部分が多かったのではないかということです。今まで自分がしていたことをスタッフに任せるようなことがありました。もちろん自分がすべきことというのは今まで通りしっかりとやっていたつもりではあります。しかし、自分への甘えと周囲への甘えが働いたか、あるいは忙しいからという甘えが働いたか、どこかで周囲をあてにしていた節があります。今年は昨年のそういう考え方を振り切って、きちんと今までのような自分に戻ることが大切だと思っています。

今年、エバーは25周年を迎えます。それまでの私はどうであったかを思い返してみると、ずっと同じことをしています。それは、目の前の課題を解決していく、その繰り返しです。エポックメイキングな大変身というものは記憶にありません。ひとつ課題を解決したら、次の新たな課題を解決していく、その繰り返し。一つ邸を仕上げたら、次の邸に取り組む、それを繰り返してきました。その繰り返しの中で経験を重ね、成長をしてきたのでしょう。私にとっては、そうした、同じことをきちんと繰り返してゆけることこそが何よりも重要なのかもしれません。

そういう人生の中で、この先は何をなすべきか、そんなことを考えていました。もちろん、人間は夢や目標をもたなければなりません。今はそうでなくとも、いつかは今の自分にはない高みの世界に行くのだ、という思いです。

じゃあそのために、今をどう生きればいいのか。夢や目標だけ思い描いて何も積み重ねなければ、それではただ憧れているだけです。

私は今年、一つのシンプルなテーマを掲げることにしました。それは「目の前のことをしっかりやる」ということです。目の前にあるものをしっかりと見つめる、考える、解決する、それをきちんとできていることが、いつかやってくる目標に近づいていけるための必須の行いだと感じるからです。他人に任せてしまってはいけないと思っています。

ゴミが落ちていたら、自分から率先して拾う。これって簡単なことのように思えて、実はそうでもないのです。見て見ぬふりをして、誰かが拾ってくれるのを待つようなことが本当によくあります。他人がしてくれても事は解決します。しかし、自分自身は何一つ成長をしないのです。目標は、成長する人間にのみ訪れます。

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