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President,s Column | エバー代表のコラム

President's Column | エバーグリーンホーム代表・猪狩裕一の思いをお伝えします。

年別アーカイブ:2019年

マニュアルよりはるかに大事なこと。

2019年4月

常識では考えられないことがあります。UFOとかオバケのような超常現象ではありません。ごく日常にありました。「信じられない」と口に出てしまいます。

カフェレストランでのことです。そのカフェレストランはチェーン店で、以前に行ったことがありました。店内は落ち着いていて、その時は接客もそつがなく、よかったと記憶しています。

先日、私が以前に行ったそのカフェレストランチェーンの別のところにある店に、子供を連れて入りました。以前に入った店は繁盛していたのですが、どういうわけか今回入った店はとても空いていて、待つこともなくすっと入ることができました。男性のスタッフ(あとでわかったのですが店長)が、「あ、どうぞお好きな席に…」と言いました。私は、どうもその時の素っ気ない対応ぶりから引っかかりがありました。そして食べ物や飲み物が出てきて、時間が経ち、子供の水がなくなりました。子供のために水をもらいたかったのですが、時間が経っても水を入れに来てくれることがなく、当のスタッフは何をしていたかというと、ずっと店の奥で別のスタッフとおしゃべりをしているのが聞こえていました。客のいない暇な店内で、私たちの席の水がなくなったことくらいすぐにわかる状況で、店内を巡回して水がなくなった子供のコップに気をつかうこともせず、客に聞こえるような音量で無神経におしゃべりをしたり笑い声を出していました。

帰ろうと思い、レジに行きました。レジはまたしても同じ男(店長)です。「3,850円です」と言われ、料金を出すまでの間、彼は透明なビニール袋にお菓子らしきものを詰めていました。手を休める気配がないので、「ああ、これは子供連れの来店客に対してのプレゼントなのだろう」と思いました。だって会計をしている客の前でその手を休めないからです。「はい」と私が料金を出すと、「あ、はい…」とようやくその手を止め、そのお菓子の袋をかたわらに置きました。そのお菓子は、子供連れの来店客へのプレゼントではなく、ただの販売用のお菓子でした。私が料金を払うまでにその男がしていたことは、販売用のお菓子詰めだったのです。私はあっけに取られました。

申し上げたように、そのカフェレストランチェーンはふつうに人気がある店です。なのに、今回行ったその店は客が居ついていませんでした。来店してその理由がはっきりわかりました。万事が万事こんな態度では、誰もリピートなんてしないでしょう。カフェレストランチェーンだから客対応のベーシックなマニュアルは必ずあるのだと思います。それなのにこのような差ができてしまうのは、そこを運営する店長の人間力の低さです。

別のある居酒屋では、注文を取っている時に女性店員が私たちの目の前でスマホをいじり出しました。私たちは「ああ、この店ではスマホみたいな端末で客のオーダーを入れているんだな」とその時に思いました。しかしそれは間違いでした。その店員はただスマホで友人にメールか何かをしていただけでした。オーダーをしようとしている私たちの目の前で、です。その後で再びその店員を見たら、やっぱり店の一角でスマホをいじっていました。あきれるばかりです。

どちらの店でも、スタッフへの教育というものはあるはずです。彼らは、それは守っているのかもしれません。しかし、マニュアルに書かれていない、人としてやってはいけないことというのを知らないのですね。マニュアル以前の問題です。

マニュアルを覚えるよりも、人としてやってはいけないことを知り、それを絶対にしないことの方が、はるかに重要なことです。社会の一員として持っていなければならない作法、その最たるものは「お行儀」のようなものです。

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アンチエイジングでなく、本物の若返りを。

2019年3月

新たな期を迎えるにあたり、これまでのエバーの、それは言わば私自身の、ということになりますが、足跡を振り返ります。

創業は四半世紀近く若かった頃です。自分ひとりから始まり、そしてだんだんとスタッフが増えていきました。その頃、スタッフは誰もが若かったです。そして、そんな自分たちからみて、お客様であるお施主様はほぼ年上の方々でした。

その頃のエバーは若々しい血気にあふれていて、そんな若者の血気をお施主様は可愛らしく思い、支えてくださっていたと思います。若いゆえの未熟な部分があったとしても、それを微笑ましく包み込んでくれるお施主様側の包容力があったから成り立っていたはずです。経験数は少なくても若くて活発で親身な会社、という魅力で、経験豊富な年上のお施主様に愛されてきた側面があり、そのことでエバーは上手くまわっていました。それはそれでよかったのだと思います。そして、同年代のお施主様であったら、お施主様は身構えることなく、対等の立場でいろいろなご要望を口にできたことでしょう。「こんなことを言ったら馬鹿にされるんじゃないか」なんて、相手が同年代なら心配せずに済むからです。

そして今に時計の針を戻してみると、気がつけば私はアラフィフです。昔いっしょにがんばっていたスタッフも同じスピードで歳をとりました。ずっと一緒にやってきた人間も、いつしか最前線から遠ざかり、やがて完全にリタイアするスタッフもいます。そして、お施主様は大半が年下の若い皆様ばかりになりました。私を含めスタッフとお施主様の年齢層が、エバー創成期とは逆転しました。

かつてのエバーは、若いお施主様がいらっしゃった時、私を含めてスタッフは同年代のような存在だったから、お相手のお施主様は言いたいことが言えたと思います。言いたいことが言える、って、とても大事です。では今はどうか?若いお施主様の前にだいぶ年上の創業者が挨拶に来るのって、どうなんだろう?と考えます。柔軟におもてなしをしたとしても、「ずいぶん年上の、しかも社長」というだけで、言いたいことが言えるでしょうかね?友達のような年齢の人間に比べたら、そりゃ言えないと思います。言えたところで聞き入れてくれないんじゃないか、なんせ向こうは何年も家をつくってきた大先輩だし、素人の浅はかさをさらけ出すだけだ、なんて思うかもしれません。こちらがそんなことはまるで思っていなくても、年齢の違いというのはそういうものです。

企業に若返りが必要というのは、厳然と世の中が若返っていくからです。自分だけがいつまでも若いと思っていても、周囲はどんどん歳の差が膨らんでいくのは仕方のないことです。世の中の若返りに対応するためには、企業は若い人をどんどんと採用し、企業として若さを維持していかなくてはなりません。

エバーにとって、若返りは喫緊の課題です。お施主様が言いたいことが言える、そんな風通しのよいエバーとして保ち続けるために。

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仕事を奪うのは人間。それを救うのも人間。

2019年2月

ワールドカップで日本のサポーターが試合後にごみを拾うのを見て、海外では「さすが日本人は民度が高い」「素晴らしい国民性だ」と話題になりました。しかしその一方で、「スタジアムの掃除の仕事を奪う行為だ」と揶揄する人もいました。それはどちらも正しくて、日本人のそれは本当に良い行いだと思いますが、いざ実際に世界中のサポーターが試合後にごみ拾いを始めたら、掃除人の仕事はなくなってしまいます。雇用の喪失です。立場によってはして欲しくない行為に思えます。面白いですね。

そんな風にして、世界というのは、腑に落ちない人間の行いの数々によって雇用が守られている、とも言えます。コンビニの弁当は一定時間が過ぎると廃棄されるという非常にもったいないサイクルで動いています。だからといってそのサイクルを断ち切ってしまうと、多くのお弁当の生産者が職を失います。人間は、職を失ったからといって何もしないでいいという生き物ではありません。健康であれば働く義務があるのですから、何か新しい仕事に就かないといけません。腑に落ちない人間の行いを断ち切るのは人間ですが、そのことで職を失った人間の受け皿を考えなければならないのも、また人間です。

技術の進歩でどんどん既存の職が失われていきます。かつては駅に切符切りの鉄道職員さんがいましたが、自動改札の普及で今や皆無です。今はまだスーパーにレジのお姉さんがいますが、セルフレジは間違いなく彼女たちの存在を消滅させます。切符切りの鉄道職員さんがどこかで異なる仕事に勤しんでいるように、レジのお姉さんもいつか異なる仕事に勤しむのでしょう。ロボットがどんどん人間の仕事を減らしているのではなく、減らしているのは人間です。そしてそのことであぶれた人々を違う職場に動かすのも人間です。そうやって時代は繰り返されていきます。

怖いのは、その行く末が二極化の方向に向かってしまうことだと思います。つまり、人間の労働は、どんどん、管理する側と単純労働をする側の二方向に分かれていってしまうことです。それは察するに、勝ち組か負け組かみたいなことかもしれません。期待したいのは、その入れ替えがあるかどうかです。勝ち組はいつまでも勝ち組であるわけではなく、負け組はいつまでも負け組でない、緊張と希望のどちらもある社会になっていければいいのではないかと思います。

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本来の自分であり続ける日々へ。

2019年1月

暮れから正月にかけて、昨年一年間の自分自身がどうであったかを振り返ってみました。反省すべき点があります。それは、他人任せの部分が多かったのではないかということです。今まで自分がしていたことをスタッフに任せるようなことがありました。もちろん自分がすべきことというのは今まで通りしっかりとやっていたつもりではあります。しかし、自分への甘えと周囲への甘えが働いたか、あるいは忙しいからという甘えが働いたか、どこかで周囲をあてにしていた節があります。今年は昨年のそういう考え方を振り切って、きちんと今までのような自分に戻ることが大切だと思っています。

今年、エバーは25周年を迎えます。それまでの私はどうであったかを思い返してみると、ずっと同じことをしています。それは、目の前の課題を解決していく、その繰り返しです。エポックメイキングな大変身というものは記憶にありません。ひとつ課題を解決したら、次の新たな課題を解決していく、その繰り返し。一つ邸を仕上げたら、次の邸に取り組む、それを繰り返してきました。その繰り返しの中で経験を重ね、成長をしてきたのでしょう。私にとっては、そうした、同じことをきちんと繰り返してゆけることこそが何よりも重要なのかもしれません。

そういう人生の中で、この先は何をなすべきか、そんなことを考えていました。もちろん、人間は夢や目標をもたなければなりません。今はそうでなくとも、いつかは今の自分にはない高みの世界に行くのだ、という思いです。

じゃあそのために、今をどう生きればいいのか。夢や目標だけ思い描いて何も積み重ねなければ、それではただ憧れているだけです。

私は今年、一つのシンプルなテーマを掲げることにしました。それは「目の前のことをしっかりやる」ということです。目の前にあるものをしっかりと見つめる、考える、解決する、それをきちんとできていることが、いつかやってくる目標に近づいていけるための必須の行いだと感じるからです。他人に任せてしまってはいけないと思っています。

ゴミが落ちていたら、自分から率先して拾う。これって簡単なことのように思えて、実はそうでもないのです。見て見ぬふりをして、誰かが拾ってくれるのを待つようなことが本当によくあります。他人がしてくれても事は解決します。しかし、自分自身は何一つ成長をしないのです。目標は、成長する人間にのみ訪れます。

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